当真のクラスメイト7 村上はコーヒーをすすりながら目の前の二人をぼんやりと眺めた。 「重いんですけど…」 「大丈夫大丈夫、慣れるよ。それに背中はあったかいでしょう?」 「あったかいけど男として失ってはいけない何かを感じている」 いつも通りしとどの家でだらだらしているわけだが、犬飼がしとどを後ろから抱きしめる形で座っている。 高校男子としては大分アウトだが、犬飼はノリノリだ。しとどは嫌そうだが。 犬飼は誰にでもスキンシップが激しいが、しとどに対してだけはより一層強い。 「犬飼っていつからしとどにこんな風だったっけ?」 「あ?果てしなく興味ねーよ」 ソファーで雑誌をめくっていた荒船が犬飼としとどを一瞥して顔をしかめた。 しとどと犬飼がうるさいのはいつもの事なので、今まで視界に入れていなかったようだ。 雑誌を閉じた。二人、というか主に犬飼を引きはがすのだろう。 荒船と影浦は犬飼がしとどにくっつくことを良しとしない。その真意を、村上はまだ測りかねている。 しかし荒船の手が届く前に犬飼がくるりとこちらへ首を向けた。 「え!俺の一目惚れの話が聞きたい!?仕方ないなー!」 「うるせー、聞いてねーよ」 「興味ないんだけど」 抱かれたままのしとどが机の上のみかんを手に取った。 村上はそれを横から取る。 しとどが不思議そうな顔をするので、剥くよと告げる。 荒船が過保護と言う言葉をこぼしたが、これは仕方がないことだ。しとどはみかんの皮を剥くのが下手だった。皮がぼろぼろになり、果ては薄皮も向いてしまう時もあり、そうなれば零れた果汁により机が大惨事になる。だからそれを阻止するために村上が剥くのだ。 「ダメダメ。しとどには、特に、念入りに、話を聞いてもらわないと。そして俺の気持ちに応えてくれ」 「村上なんてことしてくれるんだ」 「ごめん」 長い話になりそうで、念入りに聞けと言われたしとどが心底嫌そうに顔を歪める。 村上は苦笑いを浮かべてみかんの皮を剥く。 芳醇な果実の香りが鼻をくすぐる。 「18歳中で、しとどと会ったのは、俺が一番最後だったわけだけど」 「そうだっけ?」 「犬飼は確かに遅かったな。俺と穂刈がはやくて、その後荒船、カゲと北添で、それから犬飼だ」 「よく覚えてんねー」 「むしろそれくらい覚えておけよ」 「名前が覚えられなくてしばらくこいつ誰だっけと思う日々だったことは伏せておこう」 「おい」 荒船がしとどの頭をばしりと叩く。 ぎゃん!としとどは鳴いて頭を手で押さえる。小動物みたいな動きに村上は笑う。 そんな二人のやり取りに、犬飼は一瞬拗ねた顔をして、そして直ぐに過去を思い返しているのか愛おしそうにしとどを見下ろした。 「俺としとどは、運命的な出会い方をした…」 「は?」 「そんな記憶ないけど…?」 荒船としとどが首を傾げる。 村上も首を傾げた。 犬飼としとどのファーストコンタクトの場に、村上や荒船もいた。というかあの場には全員いたはずだ。 みかんを一切れつかみ、しとどの口元に持っていく。 「…あ、あれじゃないか?階段から落ちただろ?」 「……?………ああ!」 しとどは口でそれを受け取り、もごもごと咀嚼する。 動物のえさやりのようでほっこりした。 そして漸く思い出したようで声を上げた。 犬飼も頷く。 「そう、俺が待ち合わせ場所にちょうどついた時に、しとどが階段から降ってきて、俺が見事にキャッチしたんだけど」 「ああ……」 そういえばそんなこともあったなと、荒船も思い出したようだ。 犬飼は興奮したように喋る。 「すごい軽くて、ふわふわしてて、女の子かと思ったら男の格好してて、でも俺のこと見上げる顔がさぁ……あんまりにも……ッ、可愛くて!!!」 あんまりにものあたりに拳が入っているように感じた。 しとどはどん引いた顔をしている。 しかし犬飼は気にしたそぶりはなく、すっと真顔になる。 「運命だと思ったよね」 「……」 その言葉にしとど達は沈黙した。 なにやら、脚色されている気がしなくもない。 しとどがみかんを飲み込んで口をひらく。 「あれ単にカゲにふざけてちょっかいだしたら叩かれて弾みで階段から落ちただけっていう」 「落ちたって……3段とかだったよな」 「わりと低い場所だから自分でなんとかできたけどね」 みかんをもう一つ口元に持っていってやると、ぱくりと食いついた。 ねこか、うさぎか。村上はついしとどの頭を撫でる。 しとどは怪訝そうな顔をしたが何も言わなかった。 「びびっときたよね。これが一目惚れってやつなんだなって」 「何言ってんだこいつ」 荒船は犬飼の首根っこをつかんでしとどからいよいよ引き離しにかかる。 もうこの話は終わりということだ。 しかし犬飼も抵抗する。しとどをぎゅっと抱き込んで隙間を埋めようとする。 「しとど、好きだから結婚しよう」 「だが断る」 「なんでー!俺ボーダーB級1位だし!元はA級だし!給料は悪くないと思うし!顔とルックスも悪くないと思ってるよ!?」 「前提として男だけどな」 「そこな」 「大切にするからー!」 「人の話聞いてもらえます?」 喚く犬飼の頭を荒船が渾身の力で殴った。 痛みに呻いた瞬間、鮮やかな手つきで犬飼は投げ飛ばされた。 その動きに、おおとしとどが感嘆の声を漏らす。 そこでちょうどインターホンが鳴った。 どうやら当真達が到着したようだ。 |