唯我のオサナナジミ2














太刀川隊が任務を終えて本部に戻れば、特徴的な白い隊服を着た小さな男が廊下を横切った。

「おー、しとど」
「太刀川隊長、出水先輩。おつかれさまです」

太刀川が声をかければ、しとどは足を止めてこちらを向いた。
二人に頭を下げるところは、真面目な後輩にしか思えない。
けれど、太刀川隊は二人しかいないわけではない。

「僕は!?」
「…ああ、尊もいたのか」

太刀川達を追い越してしとどに詰め寄る唯我。
5段階くらいしとどの声のトーンが落ちている。
絶対に視界に入っていたはずなのにその扱いなのが哀れに感じた。

「しとど!君ってやつは本当に!」
「…Be quiet please」

喚く唯我に、しとどは一瞬面倒くさそうな顔をしてから唇の前で人差し指を立てる。
身長差的に上目遣いになり、かつそもそもしとどは顔がいいいので、見つめられた唯我はぐっと声をもらして黙りこんだ。
みるみるうちに顔が赤くなっており、それを太刀川と並んで見ていた出水は飴と鞭という言葉が脳裏をよぎった。

「俺あれをやられたら一瞬で落ちる自信ある」
「太刀川さんはやられないから大丈夫ですよ」
「え、それどういう風に俺は捉えればいいわけ」

しとどは唯我以外にはああいう態度は取らないので、太刀川の杞憂に終わるはずだ。
というか太刀川の隣にしとどが並ぶと犯罪の匂いしかしない。
太刀川が職質を受ける姿が目に浮かんだ。

「お前また迷惑かけてるわけじゃないよな」
「僕はいつだって一生懸命でスマートだよ!」
「ふっスマート」
「鼻で笑うのはやめたまえ!」

しとどは唯我に容赦ないが、嫌っているわけではなさそうなのは雰囲気で分かる。
だから唯我もあしらわれると分かりながら果敢に挑むのだろう。

「出水にしばかれても唯我の心が折れないのは、しとどの普段の仕打ちを浴びているせいで心が鍛えられてるからとしか思えん」
「唯我の初恋はしとどらしいっすよ」
「え、まじでか。面白そうだから詳しく聞かせろ、そして今度そのネタでいじるぞ」
「俺、いじったんですけど、いかに当時のしとどが可愛かったかを力説されて無駄な時間を過ごす事になるんで止めた方がいいです」
「なんだそれ」

出水もこの話を聞いた時は太刀川と同じ反応をした。
しとどの顔を思えば恋に落ちるのも仕方ないと思うし実際に今も何人か道を誤らせているしとどだが、唯我の初恋となると別だ。これは弄らずにはいられない。
そう思い意気揚々とからかったのだが、逆に熱心に力説されて、米屋共々無駄な時間を過ごしたのだった。

「ガチで女の子にしか見えなかったらしいです。特に、10歳までは無病息災のために女子の服を着せる伝統がしとどの家にはあるらしくて、実際に唯我は10歳までは女子だと信じて疑わなかったらしいですし」

男の恰好をしている今ですら性別が怪しいのに、10歳まで女装をしていたとなるとそりゃ間違えても仕方ない。そして、いかに可愛かったか、あの仕草が、声も昔はもっと女子っぽく、仕草も、等という話を延々とされたのだ。
全く興味がないのでただの苦痛な時間だった。逃げようとすれば縋り付いてきて語るし、おまけに結局写真一枚見せないのだ。僕としとどの記憶だからとかぬかされてイラッとした出水が唯我を蹴ったのは言うまでも無い。

「今も女だと言われても俺は納得できるけどな。むしろその方がしっくりくる」
「気持ちは分かりますけど、それ言うと回し蹴りが待ってますからね」
「どこでどうやったら、あんなバイオレンスな性格になるんだろうな」

太刀川は実際にしとどを初めて見た時に性別を間違えている。初対面には寛容なのか「男です」とはっきり訂正してくるのだが、二度目以降そういったからかいには容赦ない。
出水は二宮隊の犬飼がしとどを「お姫ちゃん」と呼んで回し蹴りされているのを見たことがある。ただあの人もネバーギブアップ精神なのでずっと「お姫ちゃん」と呼んでいるが。
その回し蹴りを目撃して以来出水はその手の話は持ち出すまいと決めている。あまりにも軽やかに綺麗に決まっていたのだ。しかも生身でそれをやってのけたので、見た目に寄らずかなり鍛えているのが分かってしまい、色々と萎えた。

「今日の任務で役に立った所でもあんの?」
「あるさ!太刀川さんに迫ったモールモッドを僕の華麗な技で足止めした!」

胸を張る唯我に、出水はそんなことがあっただろうかと先の事を思い出す。
太刀川の傍にいたモールモッドを、確かに撃っていたような。

「……それもしかしてその後太刀川隊長に斬られただろ」
「ぐっ」

そうだ、思い出した。
モールモッドはそんな事では倒れずに唯我に目標を定めて動き出して、唯我が悲鳴をもらしたところで、しとどの言う通り太刀川にモールモッドと共に斬られていた。

「阿呆だな、それは邪魔だって意味だろ。だからもろとも斬られたんだよ」
「そ、それは…その…」

太刀川は「あ、唯我いたのか」と漏らしていて、唯我は視界に入っていなかったらしい。
しとどの指摘通り、太刀川の傍をちょろちょろうろつくのが悪い。
唯我も自覚はあるらしく言い淀む。しとどはそれを見てなさけないと溜息をついた。

「性格は、唯我のせいじゃないですか…?」
「そうだな、唯我があんなんだからかもしれないな……」

唯我がもっとしっかりしてしとどを守るくらいの性格をしていればしとどは見た目に釣り合った性格になっていたかもしれない。
漫才の様な二人のやりとりに飽きたのか、太刀川は報告に行くと先にその場を去って行った。
それを見送って、出水はこの二人を放っておいてもいいものかと頭の後ろで腕を組んで考えた。









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