2 俺は今絶賛息を潜めている。 上司との不毛なやりとりに嫌気がさして食堂にある自販機で飲み物を買いに来た時だった。 警報音がけたたましくなった。 何の音か分からず俺がスルーしてそのまま自販機と向き合っていると、ドンッと地響きがした。 え、なになに。 そう思ってる間に意識が飛んだ。ブラックアウトしたわけだ。 そして目が覚めたら狭い隙間にいた。 何が何だか分からないが、どうやらビルが壊れたのか、がれきに挟まれていた。 運よく自販機が俺の上に振ってくるがれきを塞いでくれたようで助かったようだ。 自販機イケメンか。結婚してくれ。 なんでこうなったのかはともかく、ぐるりと見回す。 ずきんとこめかみが痛んで、顔を顰める。 手で触れてみると、ぬるりとして、暗くてよく分からにけど、どうやら怪我をしているようだった。 ずきんずきんと痛む頭を押さえて、がれきの隙間から外を見る。 「つまらないな」 そう零す、赤いロン毛に黒いマントを羽織った男。 俺は即座に理解した。 こいつには近寄るべからず。 いまここで思い出さなくても良かったかもしれないが、その昔俺が学生だったころに、今目の前にいるこいつのように赤いロン毛の男に散々付きまとわれ挙句の果てに結婚してくれと土下座までされた嫌な記憶が蘇った。 駄目だ、面倒な予感しかしない。 死んだふりしよ。 俺はすっとがれきの隙間に身を隠そうとした。 しかし何故か常に一歩行動が遅い俺。 「ん、生者がいるな」 死んでます。死んだ事にしてください。 俺がそう言う間もなく、俺の周りのがれきを男がふっとばす。 「あ、俺の自販機が……」 ぶんっと勢いよく飛んで行った自販機に、短い間だったけどお前の愛伝わったぜ、と別れを告げる。 見つかったものはもうしょうがないので半身を起こす。 ずきずきする頭をおさえながら周りを見れば、どうやら本当にビルが壊れたようだった。 AB型の上司とかオフィス内の人達が無事か謎だが、辺りに人の足や手とかがないから多分避難したとかなんだろう。 そこで気がついた。 あの警報音は避難指示の音だったのかもしれない。 「ほう…これはなかなか」 「あたまがいたい…」 「血が出ているからな」 ロン毛の「なかなか」の言葉の意味を理解したくなくて、頭が痛いと言ったのだが、向こうは勘違いしたようで正論で返してきた。 なかなかの言葉の続きなんて理解したくなかったけど、昔同じような言葉を耳にした事があってだな。 なかなか、興味深い。なかなか、そそるな。なかなか、いいな。 俺は「なかなか」恐怖症である。 そこで俺は漸く自分のアイデンティティの眼鏡が吹き飛んでいる事に気がついた。 「眼鏡、ない」 「綺麗な紫の瞳だな」 近づいて覗きこもうとしてくる男。 どうみてもビル壊したのこの人です。だって背中に蝙蝠みたいな羽が生えてるし、人間じゃないもん。 やばい、どうしよう。 この感じは過去の経験上、誘拐されるパターンだ。 つらいとは思っていたけれど、地球じゃないところに行くのは、嫌だな。 「や、だ」 「大丈夫だ、可愛がってやるよ」 「やだ、やだ」 こわい。 伸びてくる男の手に、あの光景が重なる。 首に、伸びる手。 しめる。くるしい もえる。あつい とおさん、かあさん いや、いや、いや 「いや!」 「っ!何者だ!」 「―――、そこまでだ」 俺が身を固くし、怯えていると、ロン毛の男が急に飛び退いた。 トンと目の前のがれきの上に人が着地した。 何処から来たのか分からないし、知らない人だった。 「大丈夫か、お兄さん」 変な、グラサン。 でも悪い人じゃないかも。 そう思った所で、俺の意識は飛んだ。 |