小説 | ナノ

小麦!!!!!


鳥の声や風の色、見聞色が伝える朝の気配。
カタクリは一人目を覚まし、ゆっくりと瞬きをした。

室内は外に通じるあらゆる場所が餅に塞がれて暗く、常人の行動を許さない様相だが、ここには彼しかいないのだから不都合はない。

キッチンと一続きになったリビングのソファは、彼が横になって寛げるほどに大きい。
用意した部下はそれがカタクリの独り寝のために使われるとは思っていなかったのだが、彼は最初からそのつもりだった。

欠伸をすると、牙が朝の冷えた空気に晒されて乾くような感覚がある。解放感があって、悪くはなかった。

(朝か……雨音はしない……晴れだな。あいつが二度寝しそうな天候だ)

外が好きなのか、出不精なのか。よく分からない奴だ、名前は。
窓や扉の隙間を覆った餅を取り払うと、早朝の若い光が部屋を透明な青に染め上げた。

「…………鳩」

彼は低く呟き、素早く移動して南側の小窓から身を隠す。
数秒後、ぱさ、と軽やかな羽音と共に室内へ入ってきた鳩を餅の檻へ捕えた彼は、その侵入経路に眉を顰めた。

「いつの間に窓を……」

鳩が器用に入ってきた小窓の右半分にはよく見るとガラスが入っておらず、壁と同色の布が暖簾のように掛けられている。
確かに道具や梯子は水車小屋を作った時運び込ませたし、今も納屋に置いてあるはずだ。
しかし、小窓は地上から六メートルと少しの場所にある。

カタクリは自分の三分の一に満たない身長の名前がその高さから転落する様子を想像し、無言でクッションを小窓の下へ移動させた。
小窓は完成したのだからもう名前が鋸を持って梯子を登ることはないのだろうが、気持ちの問題だ。

(こいつが『賢い鳩』か)

鳩は餅の鳥籠の中、止まり木ならぬ止まり餅で羽を休め、暴れることもなくすましている。
飼い主に似てふてぶてしい奴だ。

(…………ウエストブルーからここまで飛んで来たのか……?)

生命力の強い鳥だ。飼い主に似て。
カタクリはニュース・クーのように首から荷物を下げた鳩を睥睨した。


名前はいつの間にか身内と連絡を取っていたらしい。

昨夜、それを知ってから部屋を見渡すと棚の下の段には毛糸や編み針、キッチンには見知らぬ調味料。
確かにいつの間にか物が増えていた。

隠す気が感じられねェ、とカタクリは眉間の皺を深くしたのだが、昨夜も今も、名前を責めてはいない。

(被害者に甘んじるタマじゃねェ、か)

それは己への反抗に他ならなかったが、抑え込む必要は不思議と感じなかった。
むしろ少し気が楽になったような気さえしている。
何しろ、部屋の変化に気付かなかったのだ。
屋敷の自室は、万年筆の向きが少し変わっただけでも違和を感じるというのに。

もういいだろう、とカタクリは鳩の隣で考える。

ある程度の監視は本人のためにも必要だが、町への出入りも許してやろう。
おれの秘密を口走ることのないよう、口は塞がせて貰うが。

くるっぽー、と鳩が鳴く。

カタクリは名前の寝室へと続く廊下へ目を遣った。そろそろあいつが起きるべき時間だ。

――――――――――

「は、は、は、鳩チャン!」
「くるっぽー」
「鳩チャンをシチューに入れさせたりしない……!」
「おれを何だと思ってる」

「あれ、この小袋……」
「その鳩の荷物だ」
「勝手に開けたの?」
「…………」
「……そういうところあるよね。海賊め」
「うるせェ」

「わ、種?何のだろ」
「袋か鞄に手紙は?」
「……ない……お兄ちゃんだ絶対……。あ、メモあった!秋口に蒔いて様子を見ながら育ててみろ、だって」
「……また増やすんだな?畑」
「うーん、どっちかといえば、庭?お兄ちゃん、園芸好きだから」

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