「角名ってええ性格しとるよなあ」
放課後、教室に差し込む陽光もうっすらと赤みが交じるなか、日誌にペンを走らせていたわたしはぽつりと呟いた。
「そう? ありがと」
「別に褒めてへんねんけど」
思い返した授業内容をそのまま書き込んでいく。くすりと笑ってから「知ってる」とのたまう角名には目をやらない。
目の前の席に反対向きに座っている彼はきっと、その細い目をさらに細めてペン先ではなくわたし自身を見ている。それが嫌でもわかってしまうもんだからどこか居心地がわるくて、わたしはただひたすらにペンを動かした。
「…部活、行かんでええの」
「日直だもん。ちゃんとやってかない方が北さんに怒られる」
「あっそ」
3限目、数学と書き込んだところでペンの動きが鈍る。
あぁそうだ、そういえばこの時間はたしか日差しが暖かくて。
「三角関数だよ。不等式のやつ」
「…あぁ」
「ふふ、眠そうだったね?」
「は?」
まさか見られてたとは思わず顔を上げると、わたしの机に頬杖をついた角名がにやにやと口元を歪ませていた。思ったより近くにあった顔に驚いて、慌てて視線を日誌に戻した。
「…ストーカー?」
「ひどいなあ」
憎まれ口を叩いてみてものらりくらりと躱していく楽しそうな声色は変わらない。きっとまた、わたしの弱みでも見つけたと思ってるんだ。
角名はそういうやつだ。
目を細めて狙いを定めるように一歩引いたところから見据えていて、どんなに気を張っていてもこちらの手の内なんていとも簡単に見透かされてしまいそうになる。
「だって見ちゃうもん仕方ないじゃん」
「趣味わる」
「えー? それはお互い様なんじゃない?」
「…眠たいんか」
寝言は寝て言え。そういうつもりで目の前の胡散臭い顔をじとりと睨みつけてやる。楽しそうに歪んだ目に捉えられた瞬間、喉の奥がひくついた。
見透かされそう、だなんて嘘だ。
「今日俺、部活終わるのちょっと早いんだよね」
「そう」
「一緒に帰ろっか」
「…なんで」
「俺が一緒に帰りたいから?」
「意味わからん」
「わかってるくせに」
くすくすと一見品が良さそうに見える笑いもわたしにとっては遅効性の毒でしかなく、身体の中をじわりじわりと蝕んでゆく。
日誌の最後の行を埋めたわたしの口からため息が漏れた。
本当に質が悪い。
「書けた? 部活行くついでに出しとくね」
「ん。頼んだ」
ガタリと椅子から立ち上がった角名に日誌を差し出す。床に置いていたバッグを肩にかけた角名はそれを見て薄く笑った。
その意地の悪い笑みに反射的にまずい、と思ったのも束の間、角名の大きな手は薄い冊子をわたしの手の上から包み込むようにして掴んだ。
「ちょっと」
「ごめんごめん。つい」
すぐさま抗議の声を上げると悪びれる様子もなく笑った角名は、するりと手の甲を撫でるようにしてから日誌を抜き取っていった。背中をぞわりと何かが走り抜ける。
「じゃあ、18時くらいに校門でね」
「まだわたし残るなんて言うてへんけど」
「そうだっけ?」
「……角名がどうしてもって言うんやったら、考えたらんこともない」
「じゃあ、どうしても」
わたしの頭の中を見透かすように笑った角名はちらりと教室の壁にかかった時計を見ると、小さく「やべ」と零してぱたぱたと教室を後にした。こちらに背を向けてからもう一度振り返って手を振った角名を視線だけで見送ったわたしは、誰もいなくなった教室に響き渡るほど大きく息をついた。
「何がどうしてもやねん」
ゆっくりと効果を表しはじめた毒が耳を熱くさせた。