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 あ、い、う、え、お、か、き…一通り五十音を口にしてみるもどれもピンと来ないような、どれも名前の中に有ったような。……つまるところ全く分からないわけだが。
 手探りで名前を探すという無意味な試行錯誤をしているとテントの出入り口の幕が開き、一人の青年が入ってくる。

「ユート、瑠璃は戻っているか」
「いや、まだだ。おそらく怪我人の手当をしているのだろう」
「ちっ、あまり遅くまで出歩くなとあれほど…」
「瑠璃も同じことを言っていた。あまり無理はするなと…当番でもないのに今日も見回りをしていたんだろう」
「……フン」

 と、青年はそこで私に気付いた。脚の怪我をじっと見、私の顔を見、視線を外す。何かを確認するかのような流れに不審を思う。…なんなんだ。

「隼、彼女に会ったことはないか?」
「知らん。何故だ」
「記憶が無いらしい。おそらくは襲われたショックで…」
「…何?」

 改めて向けられた鋭い瞳に、何故か苦手意識を覚える。居心地悪く見つめ返すと金色は瞬きせず私を射抜く。瞳から心の奥まで突き刺すような視線だ。やがて彼は、溜め息ともつかない吐息と共に瞼を伏せた。

「彼女について捜し人がいるようなら知らせてくれ」
「分かった。だが、期待はするな。情報収集は門外漢だ」

 外された視線はもう私を見ることはなく、彼は再び外へ赴く。固く握られた拳が印象に残った。彼が完全に去ってからユートに知り合いなのかと聞くと、幼馴染だという答えが返ってきた。

「ちょっとこわいね」
「…昔はもう少し柔らかい表情をしていたが、今はそうもいかないからな。あれで妹思いなところもある。あまり怖がらないでやってくれ」
「うん」

 幼馴染だけどあんまり雰囲気似てないね、という感想が浮かんだが口に出すのはやめておいた。