→ベレト逆トリ小話シリーズから一話出張)









家主である彼女は未だかつてない真剣な面差しで皿を差し出した。その表情からは危機感や警戒心めいた緊張すら感じられる。戦いとはまるで無縁な雰囲気を持つ彼女にそこまで思わせる物とは一体なんなのか。
皿の中には四角くて白いものが乗っている。

「今回は……餅です」






──



「モチ」
「餅です」

もち。耳慣れない単語にベレトは聞いたまま単語を繰り返した。家主である彼女は頬に手を当てて悩ましげに唸る。

「食べごたえもあるし腹持ちもいい。ベレトさんならきっと気に入ると思いますが……でもちょっと危険で」
「危ない食べ物?」
「はい。柔らかいけどよく伸びるので、毎年喉に詰まらせる人が出るんです」

興味津々に皿の中のモチを覗き込んだソティスは怪訝な声を上げた。

『見るからに硬いではないか。本当に伸びるのか?』

ベレトも同意見だった。変わらない表情から疑問が伝わったわけではないだろうが、彼女は皿を持って立ち上がる。ベレトも追うように立ち上がった。


──



彼女が向かったのは、台所にある小さな箱のような機械だった。小さな窓から、網の上に乗ったモチが見える。

「焼きますね」

彼女が“つまみ”をひねるとヂヂヂという音のあとに箱内が赤く発光して、中のモチも赤く照らされた。
焼くという宣言から連想した火の姿は見えないが、まるで炙られているような熱が伝わる。

「トースターと言って、パンを焼いたりもできるんですよ」

石窯以外でパンが焼けるのか、という感想が浮かぶ。彼女が住んでいるこの世界は不思議なほど便利なものが多く存在している。それらを手足のように使いこなすのを見るたび、互いが別世界に生きているのだと実感させられる。

「あ、膨らんできた。ほら」

じりじりと音を立てるトースター。小窓の中で、あの硬かった餅の表面が割れ、殻を破るように中から粘度のある膨らみが顔を出していた。その様子はまるで。

「モチが腫れている」
「餅が腫れ……?っ、ぷ」

勢い良く顔を逸らした彼女を見ると、肩が震えている。

「ふ、あははは!もち、が、腫れ、確かに…!」

ソティスと顔を見合わせる。どこかおかしかっただろうか。

「ごめ、ちがうの、表現かわいくて…!」




―――


焼きあがった餅は箸で持ち上げると重力に従ってくったりと身を曲げた。彼女はそれを小透き通る茶色い液体──“しょうゆ”に満遍なく浸す。
白い餅がしょうゆの色を纏って、そこを“海苔”と呼ばれた黒い紙で包む。パリパリと薄い海苔は、餅と触れ合ってみるみるふやけていった。

「どうぞ。熱いから気をつけて。あと、よく噛んでくださいね」

忠告に頷いて、餅を食む。しょうゆと海苔どちらか分からない(もしかしたらどちらもなのかもしれない)、磯の香りがふわりと口いっぱいに広がり、香ばしい香りと相まって食欲をそそった。
極めつけは餅だ。噛み切れなかった箇所が伸びて口と餅を繋ぐ。どうしたものかと思っていると、正面からカシャ、と音がした。
彼女を見ると目が合う。彼女は申し訳なさそうに平たい機器を机の上に置いた。

「すみません、これは撮っとかないとと思って…」
「……?」

餅をなんとか噛みきり、咀嚼する。餅自体は強い味ではないが、噛むほどにほんのりと甘みが出てしょうゆと海苔と合う。そしてのどに詰まらせる人がいるのも分かるほどよく粘る。目を輝かせて食感を楽しむソティスを横目によく噛んだ餅を飲み込むと、すかさず家主である彼女が身を乗り出した。

「どう?」
「不思議な食感だ。海苔としょうゆによく合っている。美味しい」
「良かった!色々用意したんだ。きなことあんこ、ピザ風にしたくてトマトソースとチーズも……今回は用意しなかったけど、汁物に入れてもいいかも」
「そうか。組み合わせが多いんだな」
『みそしる!汁物に入れるならみそしるが良いぞ』
「餅は日本…この国の食べ物だから、気に入ってもらえて嬉しい」

あ、でも。彼女はくすりと笑った。

「ベレトさんの口から海苔とかしょうゆって単語が出てくるの、まだ不思議な感じ」