▼  はじまりの別れ




数日分の食料、あるだけの路銀、そして使い慣れた得物。
あまりに身軽な手荷物をずた袋にまとめて、アイスナー親子は玄関に立った。

「世話んなったな」
「もう少しゆっくりしていってくれても良いというのに、もう行ってしまうのかい?」

見送るために玄関に立ったルーバートが名残惜しさに引き留める。ジェラルトは後頭部を掻いた。

「その言葉、今朝だけで三回は聞いたぞ」
「寂しいものでついね…。だがジェラルト、これからどうするんだ?フォドラで活動するんだろう」
「またあちこち転々とするようだな。まずは昔の傭兵仲間のところにでも顔を出すか」
「そうか…またいつでも訪ねて来てくれ。最近はここも治安が良くない。君ほど腕の立つ傭兵がいてくれれば心強いよ。もちろん、友人としてもね」
「相変わらず痒いこと言うヤツだなあ。ま、寝床に困ったら来るとするさ。
ベレトも珍しく同じ年頃の子供と話せたみたいだしな」

大きな手のひらでポンポンと叩かれてベレトの首がぐらつく。されるがままのベレトに、赤べこを思い出したレイネは笑いを漏らした。

「ふふ。私、ベレトと一緒に過ごせて久々にとても楽しかったです」
「だってよベレト。おまえはどうだ?」
「……、……。」

小さく口を開いて、また閉じる。長い沈黙は無視ではなく、未発達な感情を懸命に探って自分の感情を思案しているからだと分かった。

「そう言われても困っちゃうよね。自分の気持ちってけっこう分からないものだし」
「自分の…気持ち」
「この先、また来たいなとか会いたいなって思う事があったら立ち寄ってね」

ベレトは頷く。ジェラルトさんの「さて、そろそろ行くか」の言葉。

「そう、だよな……」

ぽつり、と落とされた声。平常より一段低い声だったため声の主の判別がつかないうちに、ひとりごとは加速する。

「そうだ、すっかり失念していた、年頃の子供ふたりで遊べばそういう関係になるということを……。レイネも楽しそうにしていたし父親としては祝福すべき場面……。だが、だがまだ早い……!お互い十にもなっていないんだぞここはやはりお互い大人になってからだが、ああしかしひと目見ただけで運命は分かるというものだ妻然りレイネ然り一度見ただけでまるで雷が落ちたかのように心臓が痺れて」

何かのタガが外れたかのようにまくし立てる言葉の弾丸はレイネの隣にいる人物、つまりルーバートから発されていた。穏やかな様子から一転して親バカぶりを発揮する彼に、ベレトを除いた一同はぎょっとする。

「お、お父様…?」

初めて見る怒涛の独り言は見るからに尋常ではない。いち早く状況を読み込んだジェラルトがため息を吐いた。

「……ルーバート、子煩悩も程々にな」