▼  まなざしは一つではない/形ある影






太陽光が本の劣化を早めるためにか、それとも単純に窓を作る場所が惜しいのか。四方の壁がぎっしりと本棚に埋め尽くされた書庫の灯りは、蝋燭のみで薄暗かった。
それらしい老人を見つけて恐る恐る近づく。

「すみません。トマシュさんでいらっしゃいますか?」
「……ええ。もうかれこれ四十年ほど、ここで書庫番を務めております。私に何か用ですかな?」

白髪の老人はゆったりとした動作で向き直る。

「私はレイネ……ヴァステンリユクと申します。所蔵されている本からいくつか探したいものがあって」
「ほう、あなたが…」

トマシュの声音に好奇心が乗る。初対面のはずだが、自分の事を知っているらしい口ぶりにレイネは二、三瞬きした。

「私のことをご存知でいらっしゃるのですか?」
「ええ。もう二十年近く前になりますかな…あなたの父君であるルーバート殿が、奥方の病について知恵を借りたいとガルグ=マクを訪れたそうですよ」
「そんなことが…。よくご存知で」
「伊達に書庫番を勤めていませんからな。父君には先日の祭儀でお会いしまして、あなたの事も伺いましたよ。
なんでも幼少から機知に富み、魔道も使いこなしたとか。……実に興味深い」
「親の贔屓目ですよ。母が私を産むのと同時に亡くなったので、少々子煩悩でして」

今世の父親が方々で親バカを発揮しているという事実にレイネの笑顔が引きつる。
それでもレイネにとって掛け値なく年上と言える存在は少ないので、物腰の柔らかいトマシュをどこか祖父のように感じて安堵した。

「なにかあれば私を訪ねてください。きっとお力になれますよ」
「ありがとうございます。早速、少しお願いしたいことが……理学や女神についての書物を読みたいのですが」
「ほう、理学と……女神についてですか?」
「女神が起こした超常的な現象……奇跡について興味があるんです」
「ええ、分かりました。いくつかまとめておきましょう」
「ありがとうございます」