「レディース・エーン・ジェントルメーン!」

ソリッドビジョンで出来たサーカスの舞台。宙に浮かぶのは複数の巨大なバルーン。
そのうち一際高いバルーンの上に立ち、眩いばかりのスポットライトを一斉に浴びるのは――私の友人である榊遊矢その人だ。両手を広げ、観衆の注目を集めんとばかりに声を張り上げる。

「今宵は榊遊勝直伝のエンタメデュエルをご覧いただきましょう!
相手役を努めますのは我が友人、権現坂昇!そして今回ゲストに来ていただいたのは――」

スポットライトの光がこちらに向けられる。

「棟野依月!今宵は貴女の為だけに、とっておきのエンタメデュエルをお見せいたしましょう!」

エンターテイナーに成りきった遊矢君の完璧なウィンク。生き生きとした姿に、照れくささよりも期待が高まる。

事の始まりは、私がソリッドビジョンのデュエルを見たことが無いという話をしたことだ。
舞網市のみならす、世界中で当たり前に行われているアクションデュエル。それを一度も体験したことが無いというのは遊勝塾の面々にとって相当な衝撃を与えたらしい。
とんでもない辺境から来た田舎者を見るような目で見られたことは今でもありありと思い出せる。あの時はちょっと傷付いた。
中でも衝撃を受けていたのは遊矢君だ。デュエルをしたことが無いなんてもったいない、ぜひ一度は経験してみるべきだよというアツい説得の末、私にデュエルの経験が無かったため遊矢君のエンタメデュエルを間近で見学するという妥協案で落ち着いた。
壁を隔てた観客席ではなく、フィールド内で。

「私はカバーカーニバルを発動!」

三体のサンバ姿のカバがダンスを披露し、敵の攻撃を引き付ける。短い手足ながら、艶かしい動きに感心。
遊矢君と権現坂君のデュエルは一進一退だった。遊矢君が華麗なモンスターたちを操り、権現坂君は堂々たる風格ままの武者達でそれらを薙ぎ払っていく。

サーカスの舞台を自由自在に駆け回る遊矢君の身軽さに感嘆の声を上げてしまう。

「私は、アクションマジック《回避》を発動!」

一番高所――サーカスのフィールドゆえ骨組みが剥き出しになっている天井に引っかかっていたアクションカードを、遊矢君は自身のモンスターであるトランポリンクスを思い切り踏んづけて飛び跳ねることでゲットする。
思わず両手を合わせて歓喜すると、遊矢君は私に向けて得意げにウィンクを飛ばす。そして落下しながらもしっかりとアクションマジックを発動させ、権現坂君のモンスターが放った刃の風を打ち消した。――かに、見えた。

「え、うわっ!?」

風の残滓か、遊矢君は空中で体勢を崩し背中から落下していく。
目を覆うこともできなかった。遊矢君が固い床に叩き付けられる光景がスローモーションで展開されていく。私のすぐ目の前で。
一度叩き付けられたかと思うと反動で浮き上がり、細い身体は二度三度と容赦なく床にぶつかった。誰も動けない。会場から一切の音が消える。

遊矢君は、動かない。


「遊矢っ!!」

権現坂君が慌てて駆け寄り、私も我に返る。事態を察知した塾長がソリッドビジョンを解除したらしく、瞬く間にサーカスの舞台は消え去った。

「遊矢君!大丈夫!?遊矢君!!」

むやみに揺さぶることも出来ず、膝をついて呼びかける。返事はなく体もぴくりとも動かない。最悪の事態が頭を過り、すうっと気が遠くなる。
権現坂君が遊矢君の口元に手のひらを近づけ、しばらくして絞り出すように言った。

「息はしている。おそらく頭を打ったのだろう……。気絶している」

頭を打った。あんな高所から!ヘルメットもなしに!

「ただの気絶で、済む……?」

権現坂君も蒼白な顔をしている。彼も同じくらい動揺しているだろうに、年上の私は彼をフォローしなければならないのに、ショックで頭は思考停止していた。
ただただ、どうしてこんなことになってしまったのかという問いが頭の中でぐるぐると回る。その自問に対する答えも出ないほどの混乱が頭を埋め尽くした。
通用口から慌ただしく塾長が出てきて今救急車を呼んだと言った。そこから救急隊が駆け付け搬送されるまで、遊矢君は死んでしまったように動かなかった。


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