暗がりの中で起き上がる細身の影。
遊矢君が起き上がったのを察知して、私も布団から身を起こした。

「遊矢君、どこにいくの?」
「依月…起きてたのか。喉が渇いたから台所に」
「そう。まさか遊矢君、水道水を直接飲むつもりじゃないよね?」
「そのつもりだけど……」

それの何か問題が、と言いたげな視線に眩暈がする。
やはりこの少年は分かっていない。日常に潜み、隙あらば君を襲わんとする危険があることを。

「もう、駄目だよ。水道水を直接飲むなんて、お腹痛くしたらどうするの?
こんなに細くて……薄くて……折れそうな身体になにあったら私」
「わ、わかったよ!ちゃんと沸かしてから飲むから」
「本当に?心配だな……待って遊矢君。もしかしてコンロ使うつもり?」
「当たり前だろ、そうじゃないと沸騰させられないし」
「なに言ってるの!そんなっ、火なんか使ってまた火傷したらどうするの!?
こんなに綺麗な指なのに……顔なのに、傷のひとつでもついたら!」

あの日、遊矢君が自分で熱湯を浴びせてしまった手を掴む。
今は既に痕はなく、何事もなかったかのような白く細い綺麗な手のひら。カードを操る繊細な指先。まだ拙さの残る指は成長過程であることを示していた。
結果的に「無事」で済んでいるけれど、落下した時だって熱湯を浴びた時だって、雨に降られた今日だって。無事である確証なんてどこにもない。こうして私の目の前にいることすら奇跡的なものに思える。
存在することを確かめるように彼の手を握りしめた。

「どうしちゃったんだよ依月。さっきからおかしいよ!前まではそんなに過保護じゃなかったのに」

なのに、遊矢君は分かっていない。君がどんなに危ない橋を渡っているのか。痛くてつらい思いをするのは君なのに、どうしてわからないの。
ふつふつと怒りと悲しみが湧き上がる。

「おかしい?私が?過保護?…違うよ、遊矢君が無頓着なだけだよ。遊矢君は成長期なんだよ?君はまだ子供で、大事な時期なんだよ。遊矢君がそんな繊細な時期なのにまた私のせいで何かあったら、私は」

小枝のような身体が床に叩き付けられた光景の衝撃が、灼熱によって白い肌が膨れていく恐怖が、氷のような冷たい肢体に触れた驚愕が。早送りで体験するかのようにまざまざと蘇る。身体が震えた。

「依月…?」
「喉が渇いたなら私が用意するから。遊矢君はここにいて。危ないことは、しないで」

君を狙う危険があるのだと分からないというのなら、私が、君を。


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