表裏の庭園





「あれ。中庭にいるの、初めて見ました。生垣を見ているんですか?」

召喚師服を模した衣裳の裾が靡く。編み上げのブーツが土を踏みしめる度、柔らかい足音が鳴った。

「うーん、やっぱり良い天気。いま洗濯物を干してきたんですよ」

彼女はそう言いながら隣に並んで立つと、植わった花をまじまじと見る。

「この花、見たことあるけど……確か……」
「アネモネ」
「それ!よく知ってますね、さすが」

さすが、で締められた意味と紡がれなかった続き。

「この花、好きなんですか?」
「………」

好き、だったのだろう。
視線の先で咲き誇る花は、瞬きをすると茶色く枯れ朽ちていた。
草花さえも死に絶えた、死が支配する世界。ヘルを討ち倒した異界に呼ばれた今も、廃れた世界の幻像は消えない。

死の世界と重なるのは庭だけではない。エクラも、シャロンも。目に映る物、語り掛けてくる者すべて。光のない瞳孔、落ち窪んだ目、力なく放り出された肢体。あの凄惨な姿と重なって見える事がある。
それは罰なのだと思った。過った道を選び、罪を重ねた自分が、生ける世界を取り戻せるはずがないのだと。

「リーヴさん?」

黙り込んだのを不安に思ったのか、首を傾げて表情を窺う李依を見つめる。

合わせ鏡のような世界にたった一つ紛れ込んだ、間違い探しの間違いのような存在。
この異界にしか存在せず、故に死の面影を持たない彼女の姿は灰色に染まる世界の中で唯一、生に彩られていた。
砂漠に生えた双葉のように、冬に淹れた珈琲のように。寒々しい景色の中で、彼女の存在はひどく暖かく思える。

きっと彼女の目には、瑞々しく美しい庭園が映るのだろう。真っ直ぐな瞳を見つめ返した。互いをじっと見据える。口火を切ったのは彼女だった。

「……アルフォンスとは呼ばない方がいい?」

「アルフォンスは死んだ。ここに居るのは死の国で仕え、そしてここに召喚された……リーヴだ」

「そっか」

そうして会話は途切れる。また花に視線を落とした彼女の横顔を髪が隠して、表情は見えない。
手を伸ばす。髪をのけて、耳に掛けた。果たしてそれまでどんな顔をしていたのかは分からない。こちらを見上げた表情は既にきょとんとしていた。

「リーヴさん?」
「泣いているのかと思った」
「私が?泣きたいのはきっと貴方のほうなのに?……貴方は本当に優しいね」

そうして微笑む。泣きそうな、優しい笑みだった。
もうとうの昔に無くした筈の心臓を自覚する。――ああ、この世界の僕。どうか彼女を。