先生の先生




(時間軸・連載初期)



この世界では言葉は通じるけれど文字は読めない。
しかし元の世界に戻る方法を探す、つまり調べものをするためには文字を読むのは必須。遠回りでも、この世界の文字を地道に学んでいくしかないわけで。ルフレという講師を見つけて、今日は課題だった絵本の読破をなんとか終えた。
それを伝えるために城内を歩き回って、広間の端に立つ目当ての白髪をようやっと見つける。

「ルフレ!」

距離があったのか、聞こえていないようだった。もう一度、今度は一層声を張るけれどやはり反応はない。しびれを切らして歩き寄る。

「もう、先生が生徒を無視?ルフ――」

と、こちらを向いた。
ルフレではなく、その傍にいた青年が。

「……」
「……」

じっと見つめ合う。鋭い瞳は無機質で、感情は読めない。そんな視線が真正面から向けられて思わずたじろいでしまう。気まずい沈黙。

「ベレト?……あれ、李依じゃないか」
「ええと、ごめん、取り込み中だったね?」
「構わないよ。ベレトと計略……戦いにおける有効な戦術について話していたんだ」

ルフレにばかり気を取られて、脇に立つ人物に気付かなかったのだ。話し込んでいたのが理由で呼びかけに気づかなかったのなら納得がいく。
視線から逃れるように頭を下げた。

「すみません、話の邪魔をして」
「いや、構わない。君は……生徒なのか?」
「ルフレに教わっているんです。えーと、その、文字を」
「彼女はエクラと同じ出身なんだ」
「エクラと?」
「それで李依、ベレトは教師なんだ」
「教師?」

見た目で言えば、彼自身が生徒でも違和感が無いのに。
私の疑問を感じ取ったのかベレトさんが頷く。

「ああ。まだ俺自身、学ぶ事は多いが」
「……そっか、それで私の“先生”って呼び掛けに反応したんですね」
「そうだベレト。勉強の指導方法について教えてくれないかい?」
「指導方法を?」

瞬きはぱちぱちと二度。
実際に話をして好青年だという事が分かったからだろうか。表情は変わらないものの、途端に幼く、親しみやすくなった印象を受ける。

「効率の良い指導を身につければ、戦術の指揮もより効果的になりそうだからね」
「ルフレの教え方、今のままで十分分かりやすいけど……現役教師まで付いたらもう怖いものなしだね」
「……そうか、俺で良ければ」

ベレトさんがゆっくり頷く。
口元は、ほんの僅かに綻んでいるような気がした。

「ルフレも俺に軍略を教えてくれないか。生徒たちを導く糧になると思う」
「もちろんだよ」