主にゼロとただ会話




【会話】



五限は化学。移動教室のために机から教科書、ワーク、ノートを取り出し……ふと名前を書き忘れている事に気がついた。
ノート提出はまだ先だけれど、名前の書き忘れは評価ゼロ。早いうちに書いてしまおうとペンケースを漁ったけれど、あいにく目当ての物はなかった。

「どうした?」

がちゃがちゃとペンを掻き回す音を聞き付けたらしい。寄ってきたのはゼロだった。

「ゼロ。名前ペン持ってない?油性のやつ」
「ほう……俺の、この太くて長いモノが欲しいのか」
「そうくると思った。はいはい借りますよ」
「っと。つまらないな、前のお前はもっと俺の言葉にビンカンに反応していたのに」
「初めてあった頃はドン引きだったけど……反応するほうが喜ぶって分かったから、無視」

言えば、肩をすくめて“やれやれ”とでも言いたげな所作が帰ってきた。

「その動きちょっとはらたつ」

つい口が出る。
ゼロとは険悪な初対面だったせいか、私はゼロ相手に何を言っても良いと思っている節がある。一方で、ゼロも私に好き放題言っても大丈夫だと思っているらしい。
お互いがお互いに気を遣わない、むしろ少し棘があることで成り立つ会話。
そんな微妙なバランスでゼロの関係が固定されてしまったから、いまさら態度を変えるのは難しい。
そしてなにより、普通に会話しているとすぐゼロのペースに呑まれてしまうのだ。それだけは嫌だ。

「ツレないな」
「ツレなくて結構。……うん、ありがとう助かった」

借りたペンを返せば、ゼロはそれをしまうことなく片手でくるくると器用に回した。

「あ、すごい!器用だ」
「手取り足取り教えてヤろうか……?」
「ペン回しのことですよね?」




──




【後日渡されたカップケーキ】



「うーん……」
「どうした?そんなに悩ましい顔をして……」
「来週の調理実習なんだけどさ。ピエリと同じ班になるために、何か良い案ないかな」
「班か……出席番号順で分けられるんじゃないか?」
「それだと絶対一緒になれない。座席順でも一緒になれない」
「大人しく諦めるんだな」
「ピエリの手料理食べたいよー……」
「話は聞いていたぞ、光差さぬ暗き夜に迷える子羊よ!」
「出た」
「オーディン」
「我が運命を切り拓く力にて、貴様の願いを叶えよう……!さあ儀式を!この魔法陣に闇の力を……!」

差し出された“魔法陣”にはあいうえおが五十音順に羅列されており、その上には鳥居の絵。そして鳥居の両脇には大きな文字で書かれた“はい”“ いいえ”……。

「それ、こっくりさ」
「魔法陣だ」
「いやどう見ても」
「魔法陣だ」

脇に立つゼロを見上げる。ゼロは無表情だった。私も同じだろう。

「ゼロ、あなたの友人どうにかしてよ」
「無茶を言うな。ヤツは俺にも手がつけられない」
「……大人しく班分けを受け入れる事にする」
「ああ、そうだな」

都合の良い魔法など存在しない。オーディンは教えてくれた。




+++++++




「ピエリの料理が食べたいの?わかったの!なんでも作ってきてあげるの!」
「やったー!ピエリ大好き!」











──




【取り引き】




ルーナに借りた宿題を必死に写していると、トントンと机を叩く指があった。
褐色の指。

「今忙しいからあとにして」
「へえ……イイのか?どうなってもしらないぜ」
「なにが」

プリントの上にスマホが置かれた。ゼロがスマホをタップすれば、ノイズ混じりのざらついた音声が再生される。

『僕は李依のチョコを待ってたんだよ!』

それは先日の、バレンタインの爆弾発言だった。
なんだかんだ私のチョコレートを楽しみにしていてくれたらしいタクミくんが、素直じゃない性格をこじらせてまるで告白のような言い方になってしまったあの発言。それがばっちり録画されている。
バッと顔を上げれば、ゼロが余裕の笑みを浮かべていた。プリントどころではない。

「み、見てたの……!?いつから」
「“タクミくん甘いもの大丈夫?”からだな」
「ほとんど最初から……もうやだ……」
「そんなに顔を赤らめて瞳を潤ませて……イイな」
「お願い消して。お弁当のからあげあげるから」
「聞いてやってもイイが、ひとつ条件がある」
「……条件?」
「購買昼休み限定10個とろとろナマプリン」
「ゼロが言うと……いや、いい。私も毒されてる……たしかそれ毎回瞬殺のやつだよね?一回も売ってるとこ見たことないけど……。そのプリンを買ってくれば良いの?」
「ああ。レオン様が気になっているらしい」
「出た“レオン様”。本当に好きだね」

壊滅的な家庭環境で育ってきたゼロを救ってくれたという恩人、レオン。
ゼロとオーディンがよく一緒に居るらしいから相当な物好きか、心が広い人なんだろうと言うことは分かる。直接会ったことも、話したこともないけれど。

「お前は相変わらずタクミ王子にしか興味がないな」
「その言い方語弊……というか、その“王子”ってなに?」
「知らないのか?レオン様とタクミ王子の家は大手だがライバル企業同士でな。その御曹司二人が同学年で在籍している」
「それで王子呼び?でもタクミくん、王子呼び嫌がりそー……」
「ああ、嫌がられた。予想通りな」
「いい加減人が嫌がるの分かっててからかうその性格、どうにかしなよ……。
とにかく、そのレオン様のために限定プリンを買ってくれば良いんだよね?」
「ああ。とろとろ、ナマ、プリンだ」
「最低。
で、今日の四限は……うわ、持久走かー……」

着替えの時間を含めると、購買戦争には確実に出遅れてしまう。着替えは後回しにして、授業が終わったらすぐ買いに走るしかなさそうだ。

「それにしても、そのレオン様?も大変だね。ゼロが取り巻きで。苦労してそう」
「レオン様は懐の深いお方だからな」
「なんで迷惑かけてる側が自慢げなの」

未だ見ぬ“レオン様”に内心同情していると、ルーナがつかつかと歩いてくる。立ち止まり、二つ結びが大きく揺れた。

「そろそろプリント返しなさいよ、授業が始まっちゃうじゃない!まったくいつまでやってるのよ」
「あ、ごめんね。ありがとう、助かったよ」
「べ、別にあんたを助けたくてやったわけじゃないんだからね!
……次からは分かんなかったら写すんじゃなくて、あたしに訊きなさいよね。こんなギリギリになるまで放置しないで」
「ルーナ……!」
「クラス一の努力家はお優しいねえ。学年トップはルフレに取られちまったってのに」
「あ、あれは……たまたまよ!次は絶対あたしが一位になるわ!」
「ルーナ、ゼロの言うこととか全然気にしなくて良いから。ありがとね」

肩を怒らせたルーナは私とゼロを見比べて、ふんと鼻を鳴らした。

「あんたたち、相変わらず仲良いわね」
「「それだけはないな/それだけはありえない」」