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鴎歴八百四十二年 水の月 十二月





「9と9が9を迎えし時」
『識なる底、脈動せし』
「そして始まりの封が切れし時」
『雷のごとき声音が響かん』
「『我ら来たれり』」




この世界の人々は死んだ者の記憶を忘れる。戦争ばかりのこの時世では、過去を振り返れないことは有難いのかもしれない。しかし私はそうは思わない。死んだ人だって家族や、恋人、大切な人が沢山いる。そんな人たちから私の記憶が無くなるんだ。考えただけでも寂しくて虚しくて、そして、怖い。例えどれだけ仲が良かったとしても顔も名前さえも分からなくなる。生きた証が残るのはノーウィングタグのみ。戦場に置いて感情なんて要らない。そう言われているようで私は嫌だ。



『ミッション、スタート』



この手で幾人もの人の命を奪ってきた。べちゃり、ぐちょり、ごとん。血が飛び散る音と、武器越しに伝わる肉が切り裂ける感触、そして地面に力なく倒れこむ体の音。嫌っていうほどこの身に刻まれている悲しきこの時代の記憶。そのすべてを感じる度に私の思いは揺れ動く。私はマザーの為に、マザーの言われた通りにやっている。それだけ、なのに、これが正しいのか、悪いのか、わからなくなる時がある。でも、仲間たちは私とは違うから、私は失敗作だからこんな風に迷うだけなんだろう。私はそう自分に言い聞かせていた。



『クイーン、ポイントは!?』
「まだ先ですね。少しスピードを上げましょう」



朱いマントを靡かせて私たちは戦場を駆け抜ける。急がなきゃ、急がなきゃ。逸る気持ちを抑えきれず、私は声を荒げる。両手には何キロもある背丈ほどの鉄扇を持って、敵が目の前に現れる度それを振るう。鉄扇にはべっとりと血がこびり付き、赤黒く染まっていた。もうそれは誰のものか分からない。



『早く…っ』


今の朱雀の戦況はかなり悪い。悪すぎるほど悪い。朱雀にとっての戦力、魔法が一切使えないのだ。ルシを用いた国土侵略はオリエンス4ヶ国が定めたパクスコーデックス≠ノ対する、重大な規約違反。それなのに皇国はそれを犯している。白虎のルシのクリスタルジャマー≠ェ魔法を使えない原因らしい。私たちはそれを壊す為に駆り出された。しかし、今の私たちには通信機がない為、誰とも連絡が取れない。その為、それをとある友人に届けてもらうよう頼んだのだ。だが魔法が使えない今、きっと彼も危険な状況に陥ってるであろう。



「おい、ジョーカー。ちっとは落ち着けオイ」
『…ごめんなさい。ちょっと、怖くて』
「怖い?何がだ、コラ」



ナインに聞かれて、なんでもない、と私は首を振る。記憶がなくなってしまうから、だろうか。みんなは死という恐怖を理解していない。そう、私には死んだ者の記憶が残っているのだ。何故だかはわからないが、マザー曰く、クリスタルの影響を受けない体質、なのだという。今のこの世界の状況では、忘れた方がいいのかも知れない。そうしたら恐怖もなくなるんじゃないのか。そう思っている。



「ジョーカー。行こう」
『うん、エース。イザナの元へ──』



キッ、と前を見据えて私たちは走り続ける。もう少し、もう少しだから待ってて、イザナ。彼と友達になって、何かが変わった気がしたんだ。笑顔で弟のことを、チョコボのことを話す彼が、まだ記憶に新しい。逆にイザナは、エースのことを話す君はすごく幸せそうだ、と言われた覚えがある。私にとっては家族、なのか、それとも、違う、のか、よく分からない。隣を走るエースと共に、私は先を急ぐ。



『! 今…エース!!』
「ああ、わかってる。行くぞ、ジョーカー!」



地面を思いっきり蹴って走る。今微かにチョコボの声と聞き覚えのある声が聞こえた。彼だ、彼に違いない。無事を祈って私は拳を握りしめた。








「エース──キョウコ──」



ぐるぐると思い出すのは幾つか年下の少年と少女。一、二回しか話したことはなかったが、不思議と溶け込める雰囲気の二人。折角自分にチャンスをくれた彼らの為に、何も出来ないままここで死ぬのか。



「エース…キョウコ…」



そんなのは、嫌だ。



「エースーーーー!!キョウコーーーー!!」



皇国兵がすぐ近くまで迫って来たとき、彼の頭上を二つの炎が奔った。それは兵たちを包み込み、絶命させる。ふ、と顔を上げればそこにふたりの人影。



『「ここだ!」』



凛、とした声が辺りに響く。



「僕は」『私は』
『「ここだ!」』



ふわり、と金と黒の髪が風に靡いた。真っ直ぐなふたりの瞳は倒れているチョコボと青年に向けられている。きゅっと口を結んで黒髪の少女、キョウコはその場から駆け出し、彼の元へ辿り着く。すると何かを握られた彼の手がゆっくりと挙げられた。



『っ』



ふ、と力が抜けた手を少女が手に取った。二人のそれをエースが上から包んだ。その手の中の、通信機を受け取れば、するり、と彼の手が滑り落ちる。



『イザナ…っ』
「イザナ──」



ふたりは顔を見合せて頷き、ケアルを掛けるが、今の彼には効いてはくれない。怪我が酷すぎるのだ。これじゃあ、もう――



「もう、無理ですね」



クイーンのそんな言葉が降りかかる。



「わかってる」
『…っ』



助からない。治療も何も出来ないまま、彼は命を落とすんだ。彼女が握り締めている手をエースがそっと引き離し、立たせてマントを翻す。ひらり、と朱が揺れた。



「き、来てくれて――ありがとな――」



弱々しく、消え入るような声が聞こえた。しかし目の前には皇国軍。振り返ってる余裕もない。するとナインがキョウコたちの前に立ち、武器である槍を出現させた。ニッと笑う顔が兵に冷や汗を垂らせる。



「オレもお前も――死ぬのかな。マキナ、元気でな。レム、もう一度、会いたいな…チチリ、お前が一緒で、良かった」



ぎゅ、と胸の前で拳を握る。背を向けて、振り返ることもしない。目線は皇国軍を凪ぎ払うナインに向けられている。彼女たちはただただ、イザナの啜り泣く声を聞くことしか出来なかった。



「イヤだ、怖い」



その言葉に眉を潜める。



「イヤだ、死にたくない」



誰だってそうだ。死にたくなんてない。自分たちが巻き込んでしまったために、彼の命は消えようとしている。そう、まさに、今。



「…っ!」
『…!』



チチリが一際大きく泣いた直後、エースの目が見開かれた。気付いたキョウコが一目散に彼に駆け寄り、エースは歯を食い縛る。




「無理をしないで、行ってきなさい」



クイーンがそんな彼に一言言えば、ゆっくりとふたりの元へと歩み出すエース。








目の前に倒れているのは嘗て友であった人の亡骸。この世界では死んだものの記憶は全て無くなるから、その人がどんな人であったかも忘れてしまう。彼とどうやって出会ったのか、何を話したのかも全て…――改めてこの世界の道理を知る。



「ジョーカー」
『…ごめんなさい、エース…』



カタカタ、と肩が震えている中、後ろから声を掛けられ、私は小さく反応した。いつもこうだ。記憶があるから不要なものが流れてくる。どうしていつも私ばかりがこんな思いをしなくちゃいけないんだろう。スッキリと忘れられたら幸せなのに。



『私、ほんと、失敗作…ね…』
「僕は──僕は、君を失敗作なんて言わないよ」



私はエースを振り向く。その顔はとても優しくて、心が軽くなるような、そんな気がした。



「確かにこの世の中じゃ忘れた方がいいと思うし、たくさんの人の死を一人で背負うのは辛いかもしれない。でも、誰かが覚えててくれるのは、死んだ人にとっても幸せなことなんじゃないかな。彼も、きっと」



私は、マザーにとっては失敗作なんだろう。覚えていたらキッパリと決別できなくて、いざとなったら隙ができる。それが死に繋がってしまうから。それでも、その言葉が暖かくて、優しくて、私はポロポロと涙を流す。



『っ…イ、ザナ…!イザナっ…チチリ…ッ!!』



私はイザナの前に膝を着いて彼の手を握り、その傍らで倒れているチョコボのチチリの顔を優しく撫でる。二人を殺したのは間違いなく私たち。せめて誰かが彼に付き添っていれば。そう思ってももう遅いわけで、イザナとチチリの記憶は私以外のこの世のものから忘れ去られていた。



「行こう、ジョーカー」
『うん……ごめん、イザナ。そして、ありがとう……』



軽く彼に黙祷を捧げつつ、私とエースはその場に立ち尽くす。どうか、安らかに。生まれ変わった時はもう一度、私たちと友達になってくれますか?――つう、と彼の碧眼から涙が零れ落ちた。






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