03

 



向かうはとある広場。私に下った命は残党兵の処理。つまり人を殺すということだ。今、ツキコは倒れた皇国兵の前に立ち尽くしている。彼を斬ったであろう武器の鉄扇には血がベットリとついていた。次第にカタカタと震えだして、その場に膝をついたツキコは胃の中のものを吐き出した。



『げほっ!か、っは…っごほ、うえっ、う…、ごほっ!!…は、はぁ…はぁ…』
『……ツキコ』



少し落ち着いた彼女に声を掛ければ、私を見上げるツキコ。悲しそうなその瞳に、私は何故か惹かれた。彼女は視線を骸に向けて眉を潜める。



『……キョウコ…もう、ね、わたし、あの人のこと覚えてない。記憶が無くなるって、こう言うことなんだね…』
『…私には、分からない』
『え…?』



不思議そうにツキコは私を振り返った。ざぁ、と風で揺れた髪を押さえて、私は視線を反らす。



『私の体はクリスタルの影響を受け付けないのよ』
『そ、れじゃ…』



こちらを見るツキコに、ええ、と私は頷く。



『覚えてるわ。死んでいった人たちのこと。勿論、さっき聞いたこの人の名前もね』



何となく分かった気がした。私は元々この世界に存在していない。クリスタルの影響を受けないというのも頷ける。



『ツキコ、立てる?』
『あ、う、ん…』



差し出した手を掴んだツキコをそのまま引いて立たせると、彼女はスカートについた土埃を払って、にっこりと笑った。ああ、ほら、また震えてる。ほんとは怖いはずなのに何でそんなに頑張るのだろうか。



『…場所を変えましょ。あなたの覚悟、ちゃんと受け取ったから』
『え…?』
『戦い方、教えてあげる』



ふ、と笑えば彼女は大きく頷いた。ほんとはマザーの命でも受けないつもりでいたんだ。でも気が変わったわ。マザーが何故ツキコを私に任せたのかも、少しだけ分かった気がするの。ツキコには不思議な力がある。それは表面的に出るものじゃなくて、上手くは言えないけどとても強いものが中に存在してる…そんな感じ。








仮に割り当てられた個室。そこに私とツキコはいる。院内が直るまではここにいろとのことだった。ご飯やお風呂を済ませ、私は真っ暗な部屋の中、窓際に腰掛けて月を見ていた。



『キョウコ、キョウコ。まだ寝ないの?』
『…ちょっとね』



少しだけ昼間のことを思い出す。鉄扇はともかく、魔法はちょっとコツを教えただけで簡単に習得したツキコ。そこまでもが私とそっくりで、寧ろちょっと怖い。今はそんなことはないのだが、昔の私は感覚だけで魔法を使っていた。きっといまのツキコも同じようなものだろう。



『ねえ、キョウコ』
『何…?』
『わたしね、このまま元の世界に戻れなくてもいいって思ってるんだ』



どうして?と聞けばツキコはまた笑う。



『ゲームの中の世界ってただの憧れでさ…この世界も大好きなキャラがいるからーとかそんな軽い気持ちで行きたい、って思ってた。けど実感した。そんな気持ちでここにいちゃいけないって…それに、人、殺しちゃったし……っ』



膝を抱えてベッドに踞るツキコ。わたしには彼女の世界がどんなところか分からない。でもこの世界見たいに生き死にが激しいとこでも、同年代の人間が戦いに駆り出されるとこでもないのはわかる。



『受け入れるよ、わたし。ここに来たのも、キョウコと出会えたのも、きっと必然…だってこの世に偶然なんてものはないんだもん』



ま、これも漫画の受け入れなんだけど。そう言ってからツキコは布団に潜った。ほんとに不思議な子。さっきまで警戒していたはずなのに、いつの間にかそれが切れてる。



『ふふふ』
『な、何よぅ…』
『いいえ、何でも』



膨れた顔のツキコを見て、私はまた小さく笑う。そうね、確かにこの出会いが偶然だとは思えない。私がここに存在してるのも必然なんだろうな。



『…キョウコって歌は、好き?』
『? ええ、とても』
『じゃあさ!』



ツキコは嬉しそうに布団から飛び起きて近くにあった紙に五線を引いて音符を並べていく。それからその下に小さく歌詞を綴った。



『これ…』
『わたし、歌は苦手なんだけど音楽は好きなの。それでね、良く耳コピして楽譜を書き上げてたんだ』



そこにはいつかマザーに歌ってもらった子守唄が書かれていた。何故これをツキコが知ってるのか。



『…これはゲームの主題歌だったんだよ。アレシアに、マザーに歌ってもらってたもの、なんだよね?』
『ええ、ずっと昔に…でももう忘れかけていた……』



はい、と渡された楽譜を見れば幼い頃の記憶が掘り起こされる。眠れない夜、いつもマザーが私たちの為に歌ってくれた子守唄。曲調も歌詞も確かにこんな感じだった。



『いつかキョウコの歌、聞きたいよ』



何故かツキコに言われるとそうしたいと思う私がいる。これも彼女から感じる不思議な力のせいだろうか。そう考えてるうちに私は頷いていた。



『練習するから。ちゃんと歌えるようになったら、聞いて』
『うん、約束ねっ』
『ちょ、きゃ…っ!?』



無邪気に笑う彼女に腕を引かれて窓際からベッドに落とされた。さらにツキコが隣にダイブしてくる。



『な、何を…』
『全部信じてくれなくていいよ。でもわたしはキョウコを信じてるから…』



なんて澄んだ目をしてるんだ。ツキコだってわたしのことは何も知らないはずなのに。…でも、なんでか分からないけど、少なからずあなたを信じてもいいと思ってるの。これもまた、私とツキコが似ているからか。



『しょうがない』
『へ?』
『これから十日間、私についてこれたら信じてあげようじゃない』



ぐ、と彼女の鼻を押して言うとツキコは目を輝かせた。そんなに嬉しかったのだろうか。



『キョウコ…わたし、頑張る』
『…ええ』



なんだか眠くなってきて、抱きついてくるツキコを突き放す気力も無く、そのまま意識を闇に沈めた。








それは私が8歳の時。魔法局管理下の施設に引き取られた。そこで出会ったのはこれから家族となる12人の仲間たち。思えば私に両親はいなかった。物心ついた頃から私は一人で、だから家族と言う響きが凄く暖かかった。



『――迷子の〜♪』



夜、部屋の窓を開けて歌えば、優しい風が頬を撫でた。すると、カタン、と背後で音がして私は歌うのを止め、振り返る。そこには金の髪に碧眼の男の子が立っていた。



「あ、えっと……歌、上手いね」
『…あ、りがとう…』



確か彼は、エース、だったと思う。私には覚えてた名前と違って、ジョーカー、と言う名前をもらった。親は子に名前をつけるものだと言って。



「それってマザーの子守唄…?」
『うん、なんだか気に入っちゃって』



そう言って笑えば、エースは私の近くに歩み寄ってくる。月明かりに照らされた彼の金色の髪がとても綺麗だと思った。



「…僕も一緒に歌っていい?ジョーカー」
『…うん、歌おっ!あ、…よかったらキョウコって呼んでね』
「! ああ、キョウコ」
『ありがと!エースっ』



一緒に何かをするということが酷く嬉しくて私は満面の笑みを浮かべた。それからだ。武器や魔法の勉強の合間に時間を見付けては二人であの歌を一緒に歌っていた。でも月日が過ぎていくうちに、なかなかその機会が無くて忘れていたんだ。歌の歌詞も、その歌詞に込められた意味も。






(ゆ、め…?)
(ん…キョウコ…?)
(あ、おはようツキコ)
(おはよ。…どうかした?)
(…懐かしい夢を見ただけよ)
(懐かしい夢?どんな?)
(……内緒)
(えーっ)
(ふふ)


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