03

 



『隊長ー!ただいまー!!ゼロですよーっ!クラサメ隊長不足で死にそうでーす!!』
「…一度死んでこい」



ある日突然やって来た。幸せな日々が続くと思ってたのに。それでも笑ってと言うなら、あたしは涙を止めてあなただけのために笑うから。



『…う、そ』



ゼロたちが帝国から帰ってきた約一月後のこと。クラサメ隊長がゼロたちの所為で次のミッションの出撃に出るのだと、ナインたちの話を盗み聞きをしていた。帝国での失態。女王暗殺――そんなもの帝国と蒼龍が仕組んだことなのに、それが隊長にまで飛び火したのだ。



『ゼロたちの、せい…』



ナインたちが去ったあとも、ゼロはそこを動けずにいた。ゼロたちが帝国なんかでのんびりしてたから。マザーにもクラサメ隊長にも迷惑がかかって――



「ゼロ」
『!』



するとゼロの名を呼ぶ隊長の声が聞こえた。



「出てこい」
『っ…はい』



す、と物影から出て、クラサメ隊長の前に立つ。いつもと変わらない隊長にホッとしつつも、何だか胸騒ぎがして堪らない。



「聞いていたのか」
『…あの、ゼロたちが…、あたしたちが…っ』
「違う、ゼロ」



そう言ってあたしの頭に手を乗せる隊長。なんだかとても暖かくて、優しくて、それでいて安心出来る。けど…。



『ダメだよ、クラサメ隊長…ゼロたちが頑張るから…だから待っててよ…』
「お前たちが頑張っているのに指揮隊長の私がのんびりしてるわけにはいくまい」
『隊長……だって、セツナ卿の支援ていったら……秘匿大軍神の、召喚で……あれ…?あたし、何言って…っ』



あたしは頭を押さえて一歩後退る。なんであたしがこんなことを知ってるんだろうか。どうして、クラサメ隊長が倒れてるビジョンが頭の中で見えたの…?



「ゼロ」
『嫌です…ゼロは隊長がいない朱雀になんて帰ってきたくありません!』



死んでしまったら記憶がなくなってしまう。クラサメ隊長のこと、みんな忘れてしまうの。



『っゼロだって忘れちゃうかも知れないんですよ!?』
「…お前は相変わらず我が侭な奴だな…子供か」
『わ、我が侭結構!子供で結構!!でもゼロはクラサメ隊長をおぶっ!?』



急に頭をクラサメ隊長の胸に押し付けられる。何これなんて私得ですか。ってそんなこと考えてる場合じゃなくて!



『ク、ククククラサメ隊長!?』
「私のためなんかに泣くな」
『っ…』



気付いたらボロボロと涙が流れていた。どうしてだろう。誰かのために泣くなんて始めてなのに、懐かしい気がしたんだ。



「お前はいつも通りにしてればいい。笑っていろ」



ふ、と笑うクラサメ隊長が愛しくて、あたしは涙を拭ってにっこりと微笑んだ。



『クラサメ隊長、大好きです!』
「知っている」



ずっとずっと大好きだった。でももう、大好きじゃ足りないんだ。



『…っ愛して、います…』
「…ああ」



私もだ。それは空耳だっただろうか。風に掻き消されてハッキリとは聞こえなかった。








欧歴八百四十二年 嵐の月 十八日


ジュデッカ会戦。久しぶりに本気で太刀を振るった気がする。刃が全て血に染まるくらい、身体が返り血で真っ赤に染まるまで、何人も、何体も敵を切り捨てた。



「朱の魔人めぇええええ!!」
『ゲームオーバーだよ』



ザシュッ!!!!

無表情で、容赦なく敵を一掃する。斬ったそれが倒れると地面に赤い華が咲く。同じように敵が地面に這いつくばる姿をあたしは見下ろすだけ。



『……』



ああ、そうだ。あたしはずっとこうやって生きてきたんだ。でもいくら頑張っても、もう――



「ゼロ?泣いてるのか?」
『…あたしが?まさか』



そう言ってエースを振り向いたわたしの頬には確かに涙が流れていた。何故、寂しいんだろう。どうしてこんなにも心にポッカリと穴が空いているんだろう。わからない。誰も答えてくれない。



『あたし…何してたっけ?』



ただただ虚しくて、それからのあたしはまるで役に立たなかった。



――「また、至らなかったわね」








今日、ゼロたちは正式に朱雀の候補生となる。いつものようにつまらなそうに窓の外を見ていると、後ろの扉から誰かが教室へ入ってきた。深い青の髪。真っ直ぐなエメラルドの瞳。堂々としたその人は教壇の前にやって来ると、ゼロたちを見回した。



「一応、初めてとなるな。私が諸君の指揮隊長となるクラサメだ」




ゼロの中で何かが切れた気がした。急に涙が溢れてきて、止めようのないこの気持ち。



「ゼロ…?」
『え、あ…っな、に…っ』



初めて彼と会ったはずなのに、何故か酷く愛おしい。どうしよう。涙が止まってくれない。そのまま隊長のことを見てるうちに、愛しいという気持ちが大きくなっていった。教室がシン、とした瞬間、ゼロはその場に立ち上がってクラサメ隊長を見やる。



「ゼロ、ど〜したのぉ?」
『シンク……クラサメ隊長って、カッコイイね…素敵…vV』
「へっ!?」


涙を拭ってエースに剣を突き付けているクラサメ隊長を見る。恍惚の溜め息を吐いて、ゼロは笑った。








『エース聞いて聞いてー!!隊長にピンと香水もらったのー!』
「ゼロが香水?合わないな」
『もう!なんでエースはゼロに意地悪するの!!』
「本当のこと言ってるだけだろ」



エースのバカー!とゼロはクイーンたちの方へと逃げる。サイスだって良かったなって言ってくれるのに。エースってば酷いよね。



『どう!?どう!?』
「お似合いですよ、ゼロさん」
「こっちの方がいいな」
「まあ寝癖を直さないくらいゼロは女子力ないからね」
『あは』



確かにいつもめんどくさいなぁってそのまま教室にも来てたけど。折角クラサメ隊長がくれたんだからちゃんとオシャレするんだい!



『〜♪〜♪』



気分良く鼻歌を歌いながら廊下でスキップをしているとクラサメ隊長、とべりたん(トンベリ)を発見したゼロ。勿論一目散に向かっていく。



『クラサメ隊長!今日も素敵ですぅ!!べりたんもかぁいいよっ』
「毎度毎度飽きないな、お前は」
『ひぃ!!ケイトとエースみたいなこと言わないでくださいぃい!』



あ、とゼロは話題を戻す。



『隊長とべりたん、どこ行くんですかー?』
「………テラスだが」
『ちょ、その間はなんですか!!まさかゼロがついていくとでも…』
「そうなんだろ?」
『やん!流石隊長っ!わかってますねっ』
「…はぁ」
『え、ちょっと待ってくださいよぉ!!クラサメ隊長ー!!べりたーん!!』



さっさと歩いて行くクラサメ隊長の後ろをゼロは急いで追いかけ、隊長ー!と腕に絡み付く。いつも思うけど、なんかこうやってると懐かしいんだよな。



『あ、れ?』



テラスに来てふと思った。



『隊長…前もこんなこと無かったですか〜?』
「……さあな」
『あっれ〜?うーん…』



こんな風にテラスに並んだことがあったようななかったような?何だかこの景色が悲しいような、寂しいような。



「ゼロ、いい加減離れろ」
『…隊長』
「…なんだ」



何かを思い出しそうで、でも思い出せない。そんなことを考えていたら急に怖くなって、ゼロは隊長の腕を強く引っ張った。



「ゼロ」
『なんかここ、嫌…恐い』



今まで何度もテラスには来たことはあるが、こんなことを感じたことはなかった。クラサメ隊長と来たからだろうか。それとも――



「…顔色が悪いな。平気か?」
『どこでもいい…ここから、離れたい、です…』
「…分かった」



ふわり、と身体が浮いた。直ぐに理解は出来なかったが、魔方陣に乗る直後にハッとする。ゼロはクラサメ隊長にお姫様抱っこされてる。



『たっ!?っ隊長!?』



いきなりのことに声が裏返ってしまった。黙ってろ、と一喝され、連れてこられたのは医務室。



『あの、隊長…もう…』
「ああ、そうだな」



そう言ってゼロをそっとベッドに下ろすクラサメ隊長。まだドキドキと胸が激しく鼓動している。



『隊長…ゼロ、幸せ過ぎて死にそうですぅ隊長マジ男前…』
「それだけ元気ならもう大丈夫だな、と言うか鼻息を荒くするな」
『あふんっ!?』



によによして隊長を見ると、手で顔を覆われてそのまま頭をベッドに押し付けられた。鼻!鼻潰れるから!!



「ゼロ」
『はひ、はんへふは?(はい、なんですか?)』
「お前は笑っていろ」
『へ?』



ゼロが聞き返す前にクラサメ隊長はゼロの顔から手を話して医務室を出ていった。ポカンとしているとべりたんがベッドに飛び乗ってきて、枕の近くにぺたんと座る。



『べりたん?』
「……」
『……えへへ、ありがと。べりたんも好きだよ〜』



ぼふ、とベッドに横たわってべりたんを見やると、同じように寝転ぶべりたん。ああんもうめっちゃ可愛い。じゃなくて。



『ねぇ、べりたん。ゼロ、最近変な夢見るんだ…クラサメ隊長が……沢山の候補生たちと一緒にね……倒れてるの…』
「……」
『べりたん…どうしてかな……怖いんだよ…恐怖、なんて…今までに……一度、も感じたこと、なかったのに…さ』



優しくべりたんを抱き締めて話していると、だんだんと眠気が襲ってきて、ゼロは意識を飛ばした。大丈夫、大丈夫だよ。そう自分に言い聞かせるの。だってあたしは、クラサメ隊長の前では笑っていたいから。






(…寝たか)
(……)
(たいちょ…すきぃ…うへへ)
(…寝言まで幸せな奴だな…)


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