06

 



『少し宜しいですか、セツナ卿』
「そなたは……」



ジュデッカ会戦が始まる前、あたしはルシであるセツナ卿と会った。クラサメ隊長を助けたいんだ。隊長の為なら現実から目を逸らさない。0組が皇国から脱出した後、クラサメ隊長にミッションへの出撃が決まったことは直ぐに耳に届いた。



『0組のゼロです。セツナ卿に折り入ってお話があってお伺いしました』



この時期になってあの夢を今まで以上に頻繁に見るようになった。クラサメ隊長が参加するセツナ卿の支援。きっとその支援でクラサメ隊長は…――



『マザーは言いました。あたしの力なら輪廻から抜け出せると。ルシであるあなたなら…あたしの力の根源がわかるのではないかと』
「…そうか、そなたが零≠ゥ」



セツナ卿の言葉に首を傾げる。あたしの言葉を聞いて、彼女は何を思ったのだろう。セツナ卿は、す、近付いて来てあたしの頬に手を触れた。



「そなたの力は無条件で秘匿大軍神を呼び出せる。しかしリスクが大きい……死にはしないがルシでなくともそなたはクリスタルになるやもしれぬ」
『クリ、スタル……』



クリスタルになれば永遠の時が与えられる。だけど同時にクラサメ隊長とこの先ずっと、一緒にいられないことになってしまう。



「お前にその覚悟はあるのか」



頬から、つう、と伝って胸に手を置かれてそう聞かれる。きっとあたしがやらないといけないんだ。あたしにはこれしか方法がない。隊長が生きてくれるならゼロはそれだけで幸せだよ。



『あります。あたしを、使ってください……!』
「…相分かった。そなたのその覚悟、私に見せてみろ」
『はい、セツナ卿』



それからセツナ卿より任務地変更の書状を預かり、クラサメ隊長の元へ来た。大丈夫、きっといつも通りやれば…――



『クッラサッメたっいちょー!!』
「! ゼロ、何故ここへ…」



他の候補生を気にもせず、クラサメ隊長に抱き付くゼロ。これからゼロはクラサメ隊長を、この人たちを助けるんだ。



『さっきねセツナ卿に会ってクラサメ隊長にこれ渡してって渡されたんだけど何だと思いますー?』
「何…?」



書状を受け取ったクラサメ隊長はそれを見てから後ろの候補生たちに何かを指示してゼロを振り向いた。



「君ももうすぐ予定の時間だろう。さっさと集合場所へ――」
『わかってますよぅ!』



クラサメ隊長に直接聞いたわけじゃないし、ゼロがミッションの内容を知ったことを隊長は知らない。隊長は何も言わずに行くつもりだったんだ。



『隊長〜!ゼロ頑張って来ますねっ!!帰ってきたらちゅーして下さいね、ちゅー!』
「調子に乗るな」
『おぶっ!?もう、痛いですってばー!ゼロは本気ですよっ』
「知っている」
『ひゃっ!?』



ぐいっと腰を引かれて、ゼロはクラサメ隊長と密着する。幸いさっきの候補生たちももう行ってしまったし、ここに誰もいなくて良かったと思う。いや、流石にこう言うことされたら誰かいたら恥ずかしいっていうか何と言うか。



『あ、の…隊長…?』
「ゼロ…」
『…隊長』
「…ゼロ…」



ぎゅう、と抱き締められて耳元で何度も名前を呼ばれる。



『どーしたんですかぁ?ほら、作戦始まりますよぅ!隊長が遅れてどーすんですかっ』
「…ああ、そうだな」



離れるクラサメ隊長の体温。無性に寂しくて泣きそうになったけど、ゼロはいつもの笑顔でクラサメ隊長を見送った。ゼロは隊長を守りたい。隊長の為にあたしは力を使うから。去っていく彼の背中にそう呟いて、あたしはセツナ卿の元へ向かった。



「刻々と時が来た」



そう呟いたセツナ卿がゼロを振り向いた。



「ひとつ問おう。汝は何に代えても、朱雀の…クリスタルの意志に推服するや否や?」
『……大切な人を守るためなら…あたしは何でもします…!クリスタルの意志にだって従います!』
「了とした。では、粛々と初めるとしよう」



大丈夫。クラサメ隊長のためなら、あたしは何だってやれる。



「転回始めるは楔放つ歯車。1つ、2つ、3つ」



あたしがクラサメ隊長を守るんだ。



「我が因果の楔持ちて、朧なる咆吼の下…」



もう昔みたいに寂しい思いをするのはいやだから。



「深淵より……刧罰の叫び響かせ…」



死ぬつもりなんてないからさ。だから隊長。あたしが戻ったら…マスク外して笑ってよ。



「…天に現出せん……」
「ゼロ!!」



セツナ卿の声と重なって、クラサメ隊長の声が聞こえた。あたしを呼ぶ愛しくて仕方ないクラサメ隊長の声。何で来ちゃうかなぁ…でも……――



『最期に聞けて良かったよぅ…』
「! ゼロ!!」



意識が無くなる直前、セツナ卿が秘匿大軍神を召喚したのと、今まで見たこともない表情のクラサメ隊長があたしに駆け寄って来たのが見えた。ゼロ、役に立てたよね――



そしてあたしは――永遠の時を手に入れた。








7歳の時、あたしは両親を失った。記憶は無いけど何故かとても大切なものを失った気がして、その日からあたしは感情を封印した。何にも興味を示さず、人を遠ざけ、寄せ付けない。そんなあたしに手を差し伸べてくれたのがマザーだ。何度その手を払っても笑ってまた手を差し伸べてくれるマザー。そんなマザーが好きだった。



――これでいいの?



良いはずなんだ。だってクラサメ隊長を守れたから。



――あの人が一人になってしまうわ。



でも生きてくれる。



――あなたはどうだった?



あたし?あたしは……――突然に頭に過るあるビジョン。あたしが知らない…いや、覚えてる。クラサメ隊長がいなくなって、あたしはまた昔みたいに戻った。脱け殻のようになって、エースたちに迷惑掛けて、それから…あたしが巻き込んでみんなを死なせた。



――いいの?このままで。



良く、ない。隊長とずっと一緒にいたいよ。こんなあたしでも隊長は好きになってくれた。優しく抱き締めてくれた。あたしは、ゼロはクラサメ隊長を愛してる。もっともっと愛したい。だけどあたしはもうクリスタルで、隊長と触れ合うことさえ出来ないんだよ。



――ゼロ、見なさい。あなたがクリスタルになって四つの月が過ぎようとしている。エースたちはまだ戦っているのよ。


ふ、と目を開ければ沢山の戦いの記憶が頭に流れ込んでくる。エースたちだけじゃない。クラサメ隊長も残っている候補生たちも、みんな、みんなまだ戦ってる。ああ、あたしだけこんなことをしてちゃいけないのに。身体が言うことを聞いてくれない。あたしもみんなと戦いたい。愛する人と、大切な家族と、居場所を守りたいんだ。



――あなたは、あなただけの最後の一ページを記しなさい。救うも救わないもあなた次第。



救いたい。もう、一人は嫌。だからみんなと笑い合えるような一ページにするんだ。


――ゼロ
――ゼロさん
――ゼロー!
――ゼロ……
――ゼロ、早く戻って来い



みんなの声が聞こえる。あたしを呼ぶ声が聞こえるよ。ねえマザー、あたしに力を貸して。あたしはみんなと生きる未来が欲しい。



――相変わらず我が侭な子…でも子供の我が侭を聞くのも母親の仕事よね。



ふわり、と暖かい何かがあたしを包み込む。優しくて懐かしいこの感じ。あたしは素直にそれを受け入れてその力を解き放った――



パリィン、と何かが砕け散る音。どさり、と地に落ちる身体。動くか確認したあたしは身体を起こしてから辺りを見回した。



『…ここは、地下…?』



今どこにいるか分からないまま、あたしは出口を探して壁伝いに進んで行く。早く、早く行かないと――重い足取りで階段を登るに連れ、激しい爆音が大きくなっていく。



『マザー…あたし、頑張るよ!』



ぐ、と拳を握り締めてあたしは階段を登りきる。そこは既に戦場と化していて、見たこともない生物と候補生たちが戦っていた。その中には候補生に指示を送るクラサメ隊長の姿がある。あたしは、ハッ、とクラサメ隊長の背後に迫る敵に気付く。直ぐにその場から飛び出した。



『はぁああっ!!』
「な…っ!?」



キルサイトを狙ってあたしは刀を振るった。ズシン、と音を立てて地に倒れたのを確認すると、ファントマを抜き取る。同時に全てのそれが消えていった。



「ゼロ、か…?」



その声に、バッ、と振り向いたゼロはクラサメ隊長に抱き付き、そのまま地面に倒れた。



『隊長っ!!』
「…お、まえ…」
『隊長…っクラサメ隊長ぉ!』



びっくりしてるクラサメ隊長を余所にゼロはぎゅうと強く抱き締める。やっと会えた。ゼロの愛する人。とてつもなく長い間会えなかったようなそんな気分だ。会いたかった。そう小さく呟くと、クラサメ隊長は優しくゼロを抱き締め返してくれた。







(もう、離れたくない)
(離したくないよ…っ)


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