06

 



わたしはまだルシになったことが実感出来ない。あれからちゃんと戦ったわけでもないし、ホントにルシの力を持ってるのかも分からない。それに自分の目で刻印を見てないし、でもライト姉さんが嘘つくはずもないし…兎に角頭の中がぐちゃぐちゃだった。



『はぁ…』
「アイリィさん、大丈夫ですか?」
『あ、うん…まだちょっと……ううん、凄く怖くて……ライト姉さんの足手まといになるかも知れないと思うと…』



ライト姉さんは誰より強くて、わたしの憧れ…目標なんだ。だからこのまま着いていってもわたしは足手まといになるだけなんじゃ――ずっとそんなことばかりが過って仕方ない。



「アイリィさんは…真っ直ぐですね」
『真っ直ぐ、か…そうでもないよ。わたしは誰かに引っ張られなきゃ前に進めないやつだから…今もこうやってホープ君が隣にいてくれるからわたしは歩けるんだよ』
「でも、アイリィさんにはライトニングさんが…」
『ライト姉さんは…遠すぎるんだよ…引っ張ってくれるけど、追いつけないから…』



そんなことを思っていると、ライト姉さんたちの前に魔物が現れる。またわたしは守られるだけで。自分ではなんとかしなきゃと思っていても、駄目なんだ。この間に姉さんはもっと強くなって、それでこそ本当に追いつけなくなる。



『凄いよね、姉さんたち…』
「そうですね…」



戦闘が終わり、ライト姉さんはわたしが無事なのを確認してくる。大丈夫だよ、と笑えば姉さんは小さく頷く。そのまま先に進めば、軍隊がいる、とおじ様が伝えてくれて、みんなは体を伏せてその様子を見る。



「パージの生き残りを捜索中か」
「みんな逃げられたのかな」
「だといいが…ここを抜けても逃げ場はねえしな」



そうだ。このまま逃げても地上に戻れないかもしれない。どちらにせよ絶望的なのは変わり無いんだ。



「ファルシの近所に住んでただけで――下界(パルス)に染まった害虫扱いだ」
「……ほんとに下界が憎いんだね」
「違うな。怖いんだ」



おじ様は伏せていた身体を起こして遠い目をし、話しながら自分の胸に刻まれた刻印を見る。



「数千万のコクーン市民がみんな下界を恐れてる。下界の奴らをひとり残らず始末しねえと夜も眠れねえってほどな」
「でも…あの街の人をみんなパージなんて」
「ああ、おかしいな。なのに聖府のファルシはパージを止めなかった」



そう。これまでは聖府の人間が判断を間違ってもファルシ=エデンが修正していた。つまり聖府のファルシはパージを正しいと判断したんだ。



「人間にゃ愛想が尽きたから勝手に殺しあえってことかね」



そこまでおじ様が言った後、今まで黙っていたホープ君が立ち上がる。



「ルシは人間じゃないです」
『っ!』
「ちょっとあんた!」



そうだね、確かにわたしたちはもう人間じゃない。目の前は見えなくて、真っ暗なまま。



「呪われても……生きてるよ」
『ヴァニラちゃん…』
「だから泣かないで、アイリィ!」



そう言われて初めて気づく。また泣いてたのか、とわたしは手の甲で涙を拭った。ホープ君が何かを言おうとした時、地鳴りがし始める。刹那、目の前を飛空挺が飛び交う。あまりにも近かったため、わたしはずりずりと後ずさった。



「アイリィ、来い」
『ふえぇ、ライト姉さん…っ』



泣きべそをかいてるわたしを、ライト姉さんが立ち上がらせてくれた。邪険にされてないだけでもいいのにこれ以上迷惑かけたくないよ、うぅ…。



「軍はこの一帯を包囲して生き残りを閉じ込める気だ」
『そ、そんなことしたらわたしたちはほんとにここから出られなくなっちゃうよ…!』
「ああ…包囲の環が閉じる前に脱出する」



わたしはライト姉さんに背中を押されて歩き出す。軍は必死でわたしたちを探してる。望んでここに来たとはいえ、どうしてこうなったんだろう、とまた涙が出そうになった。



「うわ〜、この辺り全部――」



見渡す限りのクリスタル。キラキラと光に反射して綺麗だけどどこが儚い気がする。もしかしてビルジ湖はずっとこのままなのだろうか。



「クリスタルになるっつうのはどんな気分なんだろうな」
「使命を果たすの?」



ヴァニラちゃんの問いにおじ様は、さあな、と肩を竦める。肝心の使命が分からないし、分かったとしても…コクーンに相反することだと思うの。



「セラは……何か言ってた?自分の使命のこと」



聞かれたライト姉さんは刻印のある左胸を押さえて、何も…、と呟いた。次にわたしに視線を向けるヴァニラちゃん。悪いけどわたしもセラ姉さんには聞けてない。だからふるふると首を振った。



「心配させたくなかったんだよ」
「それとも、信頼されていなかったかな」
『………』



そんなことはないよね。だってセラ姉さんもわたしも、ずっとライト姉さんが頼りだった。親がいなくなったからは、ずっと。



「アイリィ、さん…」
『大丈夫…行こう、ホープ君』
「あ、はい……」



少し先を歩いているライト姉さんたちを追うように歩き出すと、あの、とホープ君が気まずそうに話し掛けてくる。



「さっきは、その…すみませんでした」
『さっき…?』



ホープ君は隣に並んでこちらを見上げてくる。



「泣かせて、しまったから……」
『え……あ、ううん!ホープ君のせいじゃないよ!』



困った表情をする彼に慌てて言う。あれはわたしが怖がりで泣き虫だから泣いちゃったんだし、誰のせいでもない。わたしが悪いんだから。



「アイリィさん…」
『気にしないで、ほんとに大丈夫だからさ』


苦笑しながらわたしは言う。泣いちゃうのは昔からの悪癖。泣いたらどうにかなるわけでもないのに。いつも一番に慰めてくれたのはセラ姉さん。仕方なさ気にでも頭を撫でてくれたのはライト姉さん。あの頃に戻れたら、なんて思ってしまう。



「……アイ、さん」
『え?あ、今……』
「アイさんって呼んでもいいですか?」
『う、うん…いいよ…?』



いきなり愛称で呼ばれたからか、胸がドキッとなる。それに何だか真剣な声色だったからだと思う。



「アイさん、行きましょう。僕がいますから」
『え!?あっ、う、ん…』



手を掴まれ、ぐい、と引っ張られる。なんだかとてもホープ君が頼もしく思えたと同時に、また自分が情けなくなった。わたしの方がお姉さんなのにな。



「アイリィーホープー、早くー!」
『ま、待って…っ』
「だ、大丈夫ですか?」
『ここで、階段とか、辛い…』



あれからやっと湖を抜け、暫く異跡のような場所を歩いていた。そろそろ限界だと言うのにまた階段なんて…。わたしは大きく深呼吸してから一気に登りきった。そこで見たのは一面の赤いクリスタル。今までにもチラチラとはあったが、それとは比べ物にならないくらいの美しいクリスタルだった。



「すご〜い!」
『綺麗…』



炎までがクリスタルになっているんだ。空中には凄く小さなクリスタルの欠片が降っている。まるで赤い雪のよう。不謹慎だけどこんな景色を見られて良かったって思った。



「アイリィも近くに行こっ!」
『ちょ、ヴァニラちゃんっ』



腕を組まれ、ぐいぐいと引っ張られるわたし。離れるな、とライト姉さんが引き留めるが、ヴァニラちゃんは見るだけだと歩みを止めない。刹那、何かの鳴く声が聞こえた。



『な、っきゃあああ!?』
「う、わっ、うわあっわああ!?」


上を仰げば魔物がこちらに急降下してくるのが見えて、わたしたちは慌てて引き返す。魔物はそのままクリスタルに突進し、更にわたしたちを追いかけてくる。



「わぁあああっうわ、わっわ、っぁあああああ!!」
『やっ、ひゃっ!?きゃあっいやぁああああ!!』



転びそうになりながらもヴァニラちゃんとみんなの元へと走る。



「こっちだ!」
「アイリィ!」



伸ばされたライト姉さんの手を取れば、庇うように背に回される。直後の咆哮にわたしは頭を抱えてしゃがみ込んだ。怖い怖い怖い…!怖い思いをしたのにヴァニラちゃんは戦ってる。どうしてわたしは怯えることしか出来ないんだ。なんで体が動いてくれないんだろう。



『ふぇ、っう…、姉さん…っ』
「アイさん、大丈夫ですよ。魔物はあっちですから」



踞ってるわたしにホープ君が優しく声を掛けてくれる。その優しさがわたしを救ってくれるんだ。ただ甘えてるだけかもしれない。けど凄く安心できるの。



「くっ!…エネルギーチャージか」
「おいおい、元気百倍ってことか!?」



魔物は一旦退いてから体力を回復する。所詮悪足掻きだ、とライト姉さんは武器であるガンブレードを構え直して向かっていった。



『ね、えさん…っ』
「アイさん?」
『わたしも、戦いたい…ライト姉さんと一緒に…っ』



わたしは涙を脱ぐって立ち上がる。強くならないと。ほんとに姉さんに置いて行かれるよ。



「…守ります」
『え…?』
「なら僕は、アイさんを守ります」



真っ直ぐ目を見て言われて胸が高鳴った。ホープ君の翡翠の瞳がとても綺麗で、少しばかり見惚れる。ドキドキと早く鼓動する心臓が煩い。暫く呆けていると、行きましょう、と手を掴まれ、引かれるがままにわたしとホープ君はライト姉さんたちの後に続いた。






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