04
怖い、怖い、怖い。そんな思いばっかりがわたしを埋め尽くす。セラ姉さんを助けられなかった。ルシになってしまった。わたしたちは聖府の、コクーンの敵。何もかもが恐怖に変わる。もう以前見たいな生活は出来ないのだろう。
「使命がわからなければ果たしようもない」
『使、命…』
使命。ルシはその使命を果たさないとシ骸に――もし果たしたとしてもクリスタルになってしまう。どっちにしろもう人じゃないわたしたちはこの世界には不要な存在なのかもしれない。
「……もう視た≠ニ思う」
「視た?」
ライト姉さんがヴァニラちゃんの言葉に目を細める。
「ルシの使命っつうのはああしろこうしろって――言葉ではっきり説明されるわけじゃねえんだ。ぼんやり視えるだけなんだとよ」
みんなが訝しげな表情でアフロのおじ様を見やると、ま、伝説だがな…と少し動揺したように背を向けた。
「何か覚えてるか?」
一番近くにいたホープ君にライト姉さんが聞く。
「あの…ええと、はっきりしないんですけど、大きな、すごく大きな――」
「まさか、お前らも視たのか!?」
ラグナロク――そうみんなが口を揃えた。気を失った直後、頭の中に流れ込んできたビジョン。そこに写っていたもの。それがラグナロクだと思う。
「全員同じものを視て――同じ声を聞いた」
「あれが使命?でもあんなのだけじゃ何すればいいのか…」
「…そういうものなんだって」
その言葉にみんなはヴァニラちゃんを振り向く。
「ファルシが視せるのはああいうものだけで、実際に何をやるかはルシが見つける」
『何をやるか…?』
「俺たち下界(パルス)のルシはコクーンの敵だ。となれば使命はコクーンを――」
「守るんだ」
アフロのおじ様の言葉を遮ったスノウ義兄さん。この世界を守るのが俺たちの使命だ、と自信満々気に言う。確かにセラ姉さんはコクーンを守ってとわたしたちに伝えた。だけどそれじゃ根拠にはならない。わたしはそう思う。
「一緒にやろう。力を合わせて戦うんだ。セラを探すぞ!きっとこの近くだ!」
スノウ義兄さんは走って行ってしまう。その後をヴァニラちゃんが追って、仕方なしにアフロのおじ様もついて行った。
『…ライト、姉さん』
ふと隣を見やると険しい表情のライト姉さんが目に入る。何を思ってるのかなんてわたしじゃ分からない。小さく息を吐いた、そんなわたしの手をホープ君が引いた。
「行きましょう」
『あ、うん…』
一度ライト姉さんに目を向けて、わたしはホープ君に引かれるがまま先を進んだ。ライト姉さんもちゃんと後から来てくれてホッとした。
「わかったぞ、みんな!」
進んでる途中、スノウ義兄さんの言葉にわたしたちは彼を見やる。
「俺たちには力がある。この力で使命を果たすんだ」
『使命を果たす?どうする気?』
「やっつけるんだよ、ラグナロクを」
乗っていた段差から飛び降り、スノウ義兄さんはわたしたちを見回した。
「俺らがルシになったのはあれを倒してコクーンを守るためだ」
「だからなんでそうなるんだよ」
「セラだ」
ヴァニラちゃんとアフロのおじ様は顔を見合わせた。まずいつも思うのだがスノウ義兄さんの話には要点が抜けている気がする。
「コクーンを守れ≠チて言ってセラはクリスタルになった。クリスタルになったことは使命を果たしたんだ。コクーンを守るのが使命ってこと」
確かにセラ姉さんはわたしたちにそう言った。でもそれが使命だったとしたらセラ姉さんはコクーンを守ったことになる。じゃあわたしたちは?
「セラも俺たちも同じファルシにルシにされた。じゃあ使命も一緒に決まってる。俺たちは世界をまもるルシでラグナロク戦うんだ。筋が通るだろ!」
「通ってねえよ!グダグダじゃねえか…」
そうだ。セラ姉さんがコクーンを守ったのならもうわたしたちは要らないはずだ。そもそも下界のファルシはコクーンの敵、そしてわたしたちはその手先。だから――
「多分使命は――守る≠フ逆さ」
「じゃあセラも敵だってのか!俺は認めねえぞ!」
スノウ義兄さんはそう怒鳴って今度はわたしとライト姉さんの方へ駆け寄ってくる。
「この力でコクーンを守ろう。一緒に戦って使命を果たせば――」
「何が使命だ」
言葉を遮ったライト姉さんは剣を抜いてスノウ義兄さんの首に突き付ける。わたしもまた涙を溜めながら、二人を見ていた。
『スノウ義兄さんはどうしてそんなに自分のいいように考えるの…?』
わたしはセラ姉さんもセラ姉さんが好きなスノウ義兄さんも好きだよ。でも、でも――
『認めるも何も、今の状況じゃコクーンを壊すって解釈しか出来ないよ…!勝手すぎるよ…っ』
「…アイ…」
だってもう分からないんだもん。セラ姉さんがいない。昨日の生活に戻れない。もう人間じゃないんだよ。使命を果たしてクリスタルになっても、それは生きてるとは言わない。
「アイリィの言う通り…お前のはただの自己満足だ。周りのことを考えもしない。それに、ファルシがセラを奪ったのにその使命に従うのか。お前はファルシの道具か」
「動くな!」
次の瞬間、わたしたちは敵に囲まれた。ライト姉さんはわたしを庇うように背に回し、武器を投げ捨て、言われた通り両手を頭の後ろで組んだ。
「パージの生き残りだな」
「さあな」
「貴様!」
おどけたように言えば、一人の兵がライト姉さんに銃を突きつける。だが、ライト姉さんは余裕の表情でそれを嘲笑った。
「素人が──」
そう言った姉さんが素早く動いて敵を倒したのは一瞬の出来事に思えた。わたしなんてただ立ち尽くしてるだけだったのに。ライト姉さんに続いてスノウ義兄さんもヴァニラちゃんも、アフロのおじ様も戦ったというのに、わたしは何してるんだろう。
「意外と脆かったな。こいつらPSICOM(サイコム)だろ?エリート部隊じゃないのか?」
倒れた兵を覗き込みながらおじ様は言う。PSICOMは下界との戦いが専門だ。戦争なんて何百年もないため、経験ゼロの人たちばかりだ。警備軍で訓練を行っているライトねえさんの方が強いってこと。
「下っ端は能無しでも、PSICOMの精鋭は化け物だ。そいつらが出てくれば終わりだ」
「……」
「だったら逃げようよ、ね?」
まるで場の空気を変えるようにヴァニラちゃんが割り込んでくると、彼女は先を指さして走っていく。ヴァニラちゃんを先頭に、わたしたちはまた先へ進むことになった。
「なあ みんな!こうして会ったのもなんかの縁だろ。自己紹介しねえか」
笑顔でスノウ義兄さんが振り返る。相変わらずマイペースな人だ。
「俺はスノウ――スノウ・ヴィリアース。お前は?」
「…ホープ・エストハイム」
スノウ義兄さんに聞かれ、言いたくなさげに見えたホープ君。あんなことがあったから当然かもしれない。気持ちは…まあ分からなくもない。
「お姉さんは?」
「ポーダム治安連隊所属。通称ライトニング。で、こっちがセラと義姉さんの妹のアイ…じゃなかった、アイリィ」
『アイリィ・ファロン、です…あの、よろしく…』
トボトボと歩きながらわたしは答える。
「ヴァニラ」
「サッズ・カッツロイ」
そういえばおじ様の名前初めて聞いたな。もう慣れちゃったしおじ様でいいかな。とか変なこと考えているとわたしはヴァニラちゃんに手を引かれた。
「アイリィ、行こう!」
『わ、えっ』
会った時から強引だなと思ったけど、うん、ほんと強引だな。でもヴァニラちゃんのそんな強引さが羨ましい。
「ホープも、ほら!」
「ちょ、うわ!」
『ヴァニラちゃんっ』
わたしとホープ君の腕をぐいっと引いて自分の方に引き寄せるヴァニラちゃん。最初は戸惑ってたけど、明るくて前向きなヴァニラちゃんに思わず笑みが零れた。
「あ、…笑っ、た?」
『え…?、あ…』
そう言えば彼らの前では無理矢理とか苦笑いばっかりで心から笑ったことは無かった気がする。
「うんっアイリィは笑ってる方が可愛いよ!ね、ホープ!」
「あ、はい、その…素敵、です」
『っ!!』
思わず赤くなってわたしは俯く。そんなことを言われたのは初めてで、でも凄く嬉しくなって、小さく、ありがとう、と呟いた。二人のお陰で、ちょっとだけど気持ちが軽くなった気がしたんだ。