01

 


いつもいつも姉さんたちの後ろを追いかけていた。超えることなんて絶対なくて、追いつくことすらも叶わない。ただ闇雲に走り続けてることしか、出来なくて。ライト姉さんとセラ姉さんに甘えることしかしてこなかった。自分の足で歩いたことなんて、ないんじゃないか。現実が押し寄せてきて、怖くて、辛くて、わたしは目を背けた。



「顔、上げて?」



ずっと俯いているわたしのフードを、ぱさり、と少女が取った。泣きそうなわたしを彼女はそっと抱きしめる。暖かくて、心地いい。そんな感じがした。




「現実(リアル)が辛いなら、逃げてもいいんだよ」



そう言った少女は笑って、じゃね、と振り向いて走って行った。それを追いかけて、銀髪の少年も行ってしまう。わたしはまた、ここでも立ち止まっているんだろうか。怯えて、震えて、泣いて。ずっとそれを繰り返してた。でも、わたしだって──わたし、だって──



『っそんなの、やだよ!!!』



わたしは着ていた分厚い服を脱いで、彼女たちを追った。何のためにここに来たんだ。セラ姉さんを助けるためじゃないか。それなのにここで待ってるなんて嫌。わたしはわたしにできることをしたい。



『な、泣かないんだから…っ』



ぎゅ、と唇を噛みしめて、わたしは走る。その先にいたのはさっき橋から落ちて行ったスノウ義兄さんだった。彼はよかった、とわたしは息を吐く。



「あいつだ…」



小さく少年が呟いた。あいつ、と言うのはスノウ義兄さんのことだろう。ふ、と隣の彼を見れば、眉間に皺を寄せてスノウ義兄さんを見ていた。そっか。彼のお母さんはスノウ義兄さんが切っ掛け、で…ううん、違う、よね。だって行くと決めたのは彼女だ……だけど……。



「言いたいこと、あるんじゃないの」
「……うん」
「じゃ、行こう」



少女の言葉に、でも…、と俯く少年。言いたいことを伝えるのにも勇気がいるよね。怖いよね。わたしはいつもこんな感じだからなんとなくだけど、わかる。



「手伝おうか」
「え…!?」



ほら、と彼の背中を押す少女。しかし少年はまだ迷っているのか、前に踏み出せずにいた。すると彼女が一つ溜息を吐いて、おーい、とスノウ義兄さんに向けて叫んだ。しかし、その声はエアバイクのエンジンの音によってかき消され、スノウ義兄さんには届かなかった。ノラのみんなと何かを話してから、彼は行ってしまった。



「……」
『あ、の…えと…っ』



強く拳を握っている少年にかける言葉もなく、わたしは奥歯を噛みしめた。



『ごめん、ね…』
「! どうして、あなたが……」



そこで初めて彼はわたしを見る。

──白くキメのある肌。流れる桜色の髪。透き通った空色の瞳。黒を基準にした際どい服装。それを見た少年は微かに頬を赤くした。



『わたし…軍人だったのに……何も、出来なかった、から…』
「軍人、ですか…?」
『うん……あっでも、パージについてはわたしは一切関係ないから!わたしはただの警備軍だったし…めっちゃ下っ端だったし……もう、退役しちゃったし……』



ぐ、と姉さんたちとお揃いのアームレットがある部分の腕を掴む。



『それでも…市民を守るのが……仕事、なのに…っ!わたし、臆病で…勇気がなくて……』
「……同じ、ですね。僕もあいつに言いたいけど……」



そう言いながら彼はわたしの震える腕を掴んだ。彼も震えているのが分かる。わたしだけじゃない。この子も、ここにいるみんなも怖いのだ。軍人の端くれだったわたしがこんなことじゃダメだってわかっているのに、それでも足は動かなかった。



「ねえ!」



するとさっきの少女がわたしたちの方へ駆け寄ってくる。



「あれ、飛ばせる?」



言いながら向こうにあるエアバイクを見る。少し戸惑ったが、わたしは小さく首を振ったが、隣の彼は、多分、と頷く。



「やったあ!」
『きゃっ!?』
「え!?」



彼女はわたしと少年の腕を引っ張ってエアバイクの元まで連れて行き、半ば無理矢理のそれに乗せられた。当たり前に三人乗りはきつく、お互いの体と体が密着する始末。恐れ多くもわたしは少年の膝の上に乗っていて、慌てて降りようとするも、少女がそれを許してはくれなかった。



「あっち!」



そう言って遺跡を指さす彼女。そしてそのままわたしもろとも抱きしめて固定した。あと数センチ高ければ少年の顔がわたしの胸に──ちょっとこれは危ない図に見えるかもしれない。わたしは顔を真っ赤にしたが、直ぐにそれを振り払うように首を振った。少年もまた同じように



「異跡に入ったら、下界(パルス)の……ルシにさせるかも」
『! ル、シ』



その単語を聞いてセラ姉さんのことが頭に過る。わたしがここに、なんのために来たのか。それを改めて思い出す。セラ姉さんを助けたくて、変わりたくて、だからここに来た。

ぎゅっ



「!」



やっぱり怖い。でもわたしもライト姉さんの後を追いかけたい。追い付きたいよ。そう思っていたら無意識に少年にの首に腕を回していた。その時――



「何やってんだ!」



気付いたガトーさんがこちらに駆け寄ってくる。その勢いで少年がエアバイクのエンジンをかけた。



「行きますっ!」



それは真上に飛び上がり、暫く留まった後、一気に前進する。



『きゃぁあああ!?』



ビックリしてわたしは確りと彼にしがみつく。それから少し落ち着いて、目を開け、下にいたガトーさんに目をやる。



「やめろ!戻れって!アイ!!」
『っ』



わたしはもう一度目をギュッと瞑って、ごめんなさい、と心の中で呟く。そしてわたしたちは異跡を目指した。しかしその途中でエアバイクの操縦が聞かなくなり、そのまま異跡へ突っ込む。



『(ダメ、このままじゃ…!!)』



ヤバい、と思ってライト姉さんに貰った擬似重力魔法発生装置(グラビティ・ギア)を展開させる。わたしたちはエアバイクが激突する寸前に飛び降りて、なんとか無事に地面に着地した。



「何、今の…あなたが?」
『え、あ、はい、えと…無茶な使い方しちゃったから…壊れちゃったけど……』



それより、と恐る恐るエアバイクへ目を向ける。完全に壊れていて、直す術もないそれはもう動くことはなさそうだ。



「…やっぱり、いないか」



少女は辺りを見回してそう言った。彼女はスノウ兄さんを追ってきたのだろうか、それとも誰かを探していたんだろうか。



「いたら変ですよ」



それに続いて少年が呟く。



「兵隊だってファルシに近づくわけがない。下界のルシにされたらおしまいなんだ」
「なにそれ?」
「知らないんですか、あなた」



なんだか怒ってるような少女に少年が聞けば彼女はずいっと顔を寄せてきた。



「ヴァニラ」



え、とわたしたちは声を重ねる。すると彼女はこちらに手を伸ばしてきた。



「名前。そっちは?」
「……ホープ」
「あなたは…アイ、だっけ?」
『あ…アイは愛称……本名は、アイリィ…』



そう答えてホープ君の次にヴァニラちゃんの手を取って立ち上がる。



「…なんで来ちゃったんだろ」



ぽつりと呟くホープ君の言葉に、わたしは眉を潜める。成り行きだったとしても巻き込んでしまった。



『わ、わたしが…』
「え…?」
『わたし、が、守る…から…っ』



震える腕を抑えながらわたしは笑顔で言う。ほんとは今にでも逃げ出したい。でも…わたしが唇を噛み締めた時、ヴァニラちゃんが優しく肩を叩く。



「とりあえず、あいつ捜そ」
『あ、うん…っ』



ヴァニラちゃんが言うあいつはスノウ兄さんのことだろう。先を行く彼女の後をなんとか追おうとするが、足が竦んで何度も躓く。そんなわたしの手を握ってくれたのはホープ君だった。



『ぁ…』
「僕も怖い、ですから。……半分こです」



そう言って笑う彼は凄く頼もしくて、心強かった。でも同時に情けなくも思った。ちょっとだけどわたしの方がお姉さんだからほんとは逆なのに。



『あり、がと…』



それでも安心したことに変わりはなくて、わたしは小さく笑ってお礼を言った。



「あ、これこれ!」



歩いてる途中、ヴァニラちゃんが何かを見つけたらしくそちらに駆け寄ったと思ったら、手に二股に別れた棒を持って帰ってきた。それを華麗に振る舞って、どう?、と首を傾げて聞いてきた。



「どうって…」



ホープ君と顔を見合わせると、ヴァニラちゃんはさらにワイヤーロッド(らしい)を持ちながらくるくると回って見せた。刹那、背後に軍用に飼い慣らされたモンスターが現れた。



『やっ…!!』



わたしは咄嗟にホープ君の背に隠れる。しかしヴァニラちゃんとホープ君は臆せずに各々の武器を構えた。



『っ…わ、たしも…!!』



彼らを見て、自分だけ隠れていられない、と意を決めて武器であるナイフを取り出した。



「私が動きを止めるから、二人はその間に!」
「分かりました!」
『や、やってみる…!!』



戦闘なんてライト姉さんの実習を見てただけだし、経験なんて皆無だ。それでも二人の足を引っ張るわけにはいかなかったから、わたしは必死で戦った。その結果、なんとか勝つことが出来たのだが、終わった瞬間に腰が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。



『はぁ…はぁ、はぁ…っ』
「大丈夫ですか、アイリィさん」
『う、ん…っ』



今にも泣いてしまいそうだったが涙を堪えて、ホープ君の手に掴まる。わたしが無事なのを確認した後、次にヴァニラちゃんを見やるホープ君。



「怖くないんですか?」
「ないかな〜」
「ほんとに知らないんだ…」
『…うん』



わたしはホープ君に引かれてヴァニラちゃんを追う。二人でそんなことをヒソヒソやっていると、ムッ、と眉を潜めたヴァニラちゃんが振り向いた。



「下界のファルシとルシは敵。だからコクーンから追い出す。ファルシの近くに住んでいた人も一緒に下界に放り出す。パージってそういうことでしょ」
「ここにいたら僕らも下界にパージされて」
「だから何?」
「何って…下界は地獄なのに!」



隣のホープ君は強くわたしの手を握っていて痛かった。だけどそれくらい怖いって思ってるし、いっぱいいっぱいなんだ。わたしも、ルシにされたら嫌だけど…セラ姉さんがその下界のルシだから。セラ姉さんはわたしたちに危害を加えなかった。なんとなく、なんとなくだけど…下界のファルシもルシも、悪いものではないんじゃないかって…怖いのは変わらないけれど、コクーンに住んでるわたしたちから見たらヴァニラちゃんの態度は異常だと思う。





 

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