09
辺りが明るくなってきた頃、わたしたちは廃棄された機械の近くに座って休憩を取っていた。どれくらい歩いただろうか。ちょっと足が痛い。わたしはブーツを脱いで痛む場所をさすっていた。
「大丈夫ですか?」
『あ…うん、ちょっと痛むだけだから……』
そんなわたしの所にホープ君とヴァニラちゃんがやって来た。そっとブーツを掃き直して、行こうか、とライト姉さんたちの所に戻る。
「……正気か?」
そんなおじ様の声が聞こえて、わたしは足を止めた。姉さんは見上げていた顔を戻してスッと目を細める。
「逃げ続けても、狩られるかシ骸だ。ルシの逃げ場はどこにもない。なら、コクーンの敵らしく聖府に喰いついてやるよ」
「冗談じゃねえぞ!」
「ああ、冗談じゃないね」
おじ様を振り返ったライト姉さんは拳をギュッと握りしめる。微かにそれが震えていたのが見えた。
「下界(パルス)のファルシがセラをルシにした。守れなかった私もルシで、まだ守れたはずのアイリィもルシで、私たちはコクーンの敵として聖府に追われてる。だが聖府の裏に何がいる?ファルシだ」
姉さんは再び上を仰ぐ。
「コクーンを支え、人間を導くとかいうファルシ=エデンだ。パージを命じたのも、そいつだろうさ。下界のファルシ≠セろうが、聖府のファルシ≠セろうが、ファルシどもにとって人間は道具だ」
こちらに歩んできた姉さんとバチッと目があった。真っ直ぐに見詰められて、わたしはゴクリと息を飲み込む。わたしとは違って、どこまでも突き進む姉さん。
「私は道具で終わる気はない」
「じゃあ、どうすんだ」
「ブッ潰す」
そう言った姉さんの表情にゾクリと背筋が凍った。ライト姉さんは本気だ……。本気でファルシを壊そうとしている。
「ひとりでか?無茶言うな!万一うまくいっても、ファルシ=エデンは社会基盤(インフラ)の中核だ。あれに何かあったらコクーンはガタガタに――」
おじ様は何かに気付いたようにライト姉さんを見やる。
「壊したいのか?下界のルシだからってコクーンを壊そうっつうのか!?」
「駄目!セラを忘れたの?コクーンを守れって言ったじゃない!守るのが使命かもしれないのに――」
「使命は関係ない!私はファルシの道具じゃない。生き方は、自分で決める」
「……死に方≠カゃねえのか?」
その言葉に一瞬目を反らした姉さんだったが、直ぐに戻して口を開く。
「迷っていても絶望だけだ。進むと決めれば迷わずに済む」
『ライト姉さん……』
「――安心しろ。敵は聖府だ。世界を滅ぼす気はないさ」
続けるように、滅ぼしそうになったら、あのバカが止めに来るかな、と、ふっと笑いながら姉さんが言う。
「スノウと戦うってのか!?次に会ったら、敵同士かよ」
「おまえたちともそうなるかもな」
『っ!』
おじ様とヴァニラちゃん、そしてホープ君を睨み付けてライト姉さんは言い切った。わたしはそのまま姉さんに引かれてついていく。どうしよう……姉さんが分からないよ。確かにいつもキツいとこはあったかもしれない。だけど今の姉さんは、違う。
「待ってください!」
ただ黙々と進んでいくわたしたちをホープ君が追ってきた。振り向いたライト姉さんは息を整えている彼を見下ろす。
「ついていきます」
「おまえを守る余裕はないんだ」
『ライト姉さん!』
「っ戦えます!迷わないです!アイさんだって守ってみせます!!」
そう言うホープ君の目はまだ少し揺れていたが、それでも強い光を灯していた。そんな中、待ち伏せていたかのように、わたしたちの前に軍か現れる。
「PSICOM(サイコム)の抹殺部隊だ」
更に後ろの道が閉ざされ、これで来た道を戻れなくなる。戦うかここで死ぬかの選択肢しかなくなってしまったわけだが、勿論わたしたちは戦うことを選択した。実戦経験は少ないとは言え、間近で姉さんの戦いを見てきたわたしだ。ある程度の戦術予測は出来る。そしてホープ君の援護もあり、なんとか敵を倒した。
「上出来だ」
「ありがとうございます」
はぁ、と深く息を吐いてわたしはミスったナイフを拾いに行く。は、恥ずかしいなぁもう。
「また敵が来ますよね。早く行きましょう」
辺りを見回しながらホープ君がそう言うが、ライト姉さんは閉じた道をじっと見つめていた。
「あの人たちが気になるんですか?もう逃げたと思いますけど」
「今なら、おまえも逃げられる。私と来ても戦いだけだ……アイリィも」
ふ、とわたしを見るライト姉さんの表情が酷く心に突き刺さった。わたしはゆっくりと首を振って優しく姉さんの手を握る。
『着いていくよ、姉さん』
一瞬、ライト姉さんは目を見開いたが、直ぐに顔を反らして俯いた。
「どういう形で終わるのか、私にも見えてない」
「わかってます。でも、強くなりたいから」
『わたしも、だよ』
笑って言えばライト姉さんな背を向けて黙り込む。わたしだって戦うって決めたんだ。今更逃げるなんて出来ない…しちゃダメなんだよ。
「ライトニングさん?」
「ライトでいい」
わたしは少し驚く。ライト姉さんが誰かにそう呼ばせるなんて凄く珍しいことだったから。でも、なんでだろ…ちょっと、胸が苦しい。
「これからどうします?」
「ガプラの森を抜けて、パルムポルムだ。エデン行きの足を手に入れる」
「街に着いたら案内できます。僕の家、パルムポルムなんです」
寄れないぞ、とライト姉さんは踵を返した。
「行きませんよ。ルシが帰って、どうするんですか」
『ルシでも、ホープ君はホープ君だよ』
「アイさん…」
『きっと、お父さん…待ってると思う』
そう言えば苦笑いをするホープ君。行きましょう、と手を引かれ、ライト姉さんの後を追った。ホープ君は十分強いのに。わたしよりも、ずっと。
『ライト姉さん強引すぎ…』
「仕方ないだろ」
暫く進んだ先でPSICOMを見つけ、ライト姉さんは構わず戦闘に入った。たった二人だからとは言え無謀過ぎるよ…怖かった。
「PSICOMは何をしていたんでしょう?」
「私たちが下界の機械を使って逃げると考えたんだろう」
試してみましょうか、とホープ君は目の前の機械に触れてみる。
「…なんだろ、これ?」
「よせ。むやみに触るな」
『あ、危ないよ』
「でも使えるかもしれません」
そう言いながら機械の上に登るホープ君。制止の言葉を掛けるライト姉さんだったが、放っておけないとわたしも彼に続く。瞬間、機械が動き始め、その衝撃で振り落とされそうになった私はホープ君にしがみつく。
『ホホホホホープく、んっ!?』
「ちょ、何でアイさんが乗って…っちゃんと捕まっててくださいね!!」
痛い、お尻打った…。悶えている間にホープ君がなんとか機械を制御し行き止まりだった先に道を作る。ひぃい!なんでホープ君こんなの操れるの!?
「あ」
『え』
ちょっと進んだ先の崖で止められずにわたしたちは機械と共に落ちていく。ホープ君はそのまま振り落とされ、わたしはギリギリでライト姉さんに助けられた。
『ライト姉さん…』
「無事だな。いつまで座ってる」
抱き抱えていたわたしを下ろし、ライト姉さんはホープ君を見やる。
「いいじゃないですか。少しぐらい休んだって」
「甘ったれるな」
「アイさんには甘いくせに…」
『あはは…』
どうやら怪我はないらしい。あんまり無茶しないで欲しいな…ホープ君も、ライト姉さんも。わたしは苦笑いしながら二人と先に進んだ。
『ホープ君、大丈夫?』
「ちょっと…疲れ…うわっ!?」
橋のような場所まで来たとき、ホープ君が足元につまづいて転んだ。どうやら疲れきっていたよう。確かにライト姉さんのペースは彼にとってキツいもだった。
『ホープ君!』
「思ったとおりか」
先を歩いていた姉さんがこちらを振り返る。
「やはりおまえはお荷物だ。この先守れそうにない」
『ライト姉さん!!』
「悪いがおまえの面倒を見る余裕は――」
そこまで言ったライト姉さん苦しそうに胸を押さえる。姉さん…?
「無責任ですよ!それなら最初から――」
「甘えるな!」
立ち上がったホープ君が姉さんに言えば、それを遮ってライト姉さんが叫ぶ。何か、可笑しい。
「もう世界中敵なんだ!」
そのまま姉さんは地に片膝をつく。
「自分の身とアイリィのことだけで一杯なのに、おまえまで守れるか!」
ライト姉さんの胸元…ルシの烙印が光っている。あれが姉さんを苦しませているの…?
「邪魔する奴は全員敵だ。邪魔になるなら―――おまえも敵だッ!」
刹那、ライト姉さんを中心にして魔法陣が広がる。光の柱が伸び、やがてそれが弾けた。花びらが舞う中、現れたのは盾と剣を携えた機械のような白い巨人。
「なんだこいつはっ…?」
もしかしてライト姉さんのルシの烙印から現れたの…?そんなことを考えているとそれの標的がわたしになる。
『!』
「アイさん!!」
それに気付いたホープ君はわたしを守るように抱きしめ、覆い被さるように倒れ込む。わたしが悲鳴のような声を上げて目を瞑った後、ギィイン、と金属同士がぶつかり合う音が響いた。目を開けばそれの剣を受け止めるライト姉さんの姿。
『ラ、イト姉さん』
「立て!!」
ハッとしたわたしたちは慌てて立ち上がり、武器を構えた。確かにそれからは戦う意思を感じるけど、殺気じゃない。何かもっと…そうだ、試されてるって感じだ。
「くっ!」
『ケアル!』
ダメージを喰らったライト姉さんに回復術を掛ける。何か…何かわたしに出来ることは…――
『よし!』
「アイさん!?」
『ホープ君は姉さんの援護、お願い!』
そしてワイヤー付きのナイフを構え、両脇の岩にそれを突き刺して行く。下に人一人通れるくらいの隙間を作り、戦ってる姉さんを呼んだ。
『こっち!』
「!」
下を指差して言えば、理解したようにライト姉さんは滑り込んできた。そしてそれがこちらに向かって剣を降り下ろす、が、それはわたしの張ったワイヤーによって止められる。
『ライト姉さん!!』
「ああ!」
その隙をついてわたしはナイフを奴の関節に突き刺し、動きを鈍くする。そしてライト姉さんがトドメの一撃を食らわせた。すると突然それが地面に剣を刺し、高く飛び上がる。宙で目映い光を放ったと思えば、それは花びらを撒き散らしながら馬の姿へと変化した。気高く優雅な白馬。まるで姉さんを認めたような、そんな気さえした。
「はぁ…はぁ…うっ」
『姉さん!』
「ライトさん!」
片膝を立てた姉さんに駆け寄ると、光っている烙印の形が変わっていた。
「ルシの力…召喚獣でしょうか?」
「ちっ…魔法に召喚獣…おとぎ話が、私たちの味方か」
スゥ、と光が収まり、姉さんの苦し気だった表情が無くなった。召喚獣…あれが…。
「あの――やっぱり足手まといですか」
立ち上がった姉さんは一つ溜め息を吐いて、ホープ君の横を通り過ぎた。それを追うようにホープ君は振り返る。
「僕がんばります、だから――」
「もういい」
「っ…」
姉さんの言葉にわたしまで辛くなって俯いた。
「鍛えるぞ」
その言葉に顔を上げれば、ライト姉さんは肩越しにこちらを見ていた。えっと、つまりは…――
「さっきは、すまなかった。それと…アイリィを守ってくれて、……いや、何でもない」
わたしに言ったんじゃないし、その先は言わなかったけど、ライト姉さんの気持ちが伝わって来た気がする。嬉しそうに笑うホープ君と顔を見合わせてから、ライト姉さんの元へ駆けていった。