マーガレットの涙 | ナノ


一年の頃から、彼のことは苦手だった。
顔は女の子であるはずの私よりも可愛いし、そのくせ言動は神童君よりも男らしい。頭は良くて、特に数学なんかは、私が頭をこんがらがせてる横でスラスラと問題を解いていくのがムカついた。スポーツも得意で、サッカー部に入部してすぐレギュラー入りしたとかなんとか。授業参観の時にちらりと顔を見たお母様はとてつもない美人さんで。その上性格が良いなんて。不公平、神様はいじわるね、なんて、中学に上がる前から思ってたことだけれど。

とにかく、私は完璧すぎる彼が苦手だったのだ。まあでもそれは所謂嫉妬というやつで。今までなら好きになろうと思えばなれたのかもしれない。




「っ悪い!」


そう一言叫んで、廊下を走っていく霧野君。その時、小さく、でも確かに、じゃり、と砂を踏む音が聞こえた。
近くにいた子たちが、大丈夫、なんて声をかけてくれたけれど、今の私はそれどころじゃなかった。

目の前で砕けたガラス。キラキラ輝く砂。手を伸ばして大きめの欠片を触ったら指が切れた。
壊れた、そう認識したら自然と涙が溢れ出た。泣いちゃいけない、なんて小さい頃誓った約束なんてもう忘れてた。声も嗚咽も出さず、欠片を見つめてただ涙を流した。


「咲里ちゃん」


声に顔を上げる気力もなかった。声の主が大好きなあの子だってことも分からなかった。ごめんね、私の名前を呼ぶのは誰。


「咲里」


腕を掴まれて、凄い力で引っ張られた。捕まれた腕の先、自分の手から、細い赤が伝っているのが見えた。


「しっかりしろよ」


聞き覚えのある声。さっきより確かに聞こえる。顔を上げると、目の前には心配そうに眉を寄せた水鳥ちゃん。その横に茜ちゃん。


「み、どりちゃん、あかねちゃ…」


ずっと声を出していなかったかのような、頼りなくて弱々しい小さな声。
どうしよう、大事なペンダント壊れちゃった、そう続ける事さえも出来なくて、代わりに口から漏れたのはかすかな嗚咽。

また地面にへたり込みそうになる私を支えてくれたのは二人。ありがとう、そんな言葉も出なかった。



(130519)