マーガレットの涙 | ナノ




それから私は頑張った。毎日稲妻商店街まで買い物を続け、ちょっぴり雷門中を覗いて。それを二週間こなした。
だから、もう良いかな、って。今日、月曜日。学校に登校してみた。

してみた…けど。さっきからもう、十分くらい女子トイレの個室に籠っている。いや、別に、お腹悪くしたとかそういうのじゃない。教室に入る勇気がないだけ。いけると思ったんだけど。でも、やっぱり今更行って何か言われるのも嫌。
そんな悶々と考え込んでいたら、カバンに入れておいた携帯電話のブザー音。確認すると、茜ちゃんから。


「も、しもし」
『咲里ちゃん?』
「う、うん…どうしたの」
『今日、学校来るって言ってたのに、教室見に行ってもいなかったから…』
「あー……」


心配してくれたのか。優しいなあ。確かに今日行くって報告しちゃったし…。


「教室、入り辛くて」
『…今どこ』
「へ?」
『今、どこ』


茜ちゃんの、怒っているかのような口調に思わず間抜けた声が出る。怒ってる…?


「三階の、女子トイレ…だけど」
『迎えに行く、動かないで』
「う、うん」


静かで落ち着いたその声音に、格好いい、なんて思ってしまった私は何なんだ。



数分経ったら、トイレのドアの開く音がした。続いて、足音にコンコン、と私の入っている個室のドアを叩く音。


「咲里ちゃん?」


別人だったら困ると思ったのか、控えめな呼び掛けに短く返事をしてドアを開く。


「茜ちゃん、ごめん」
「大丈夫。教室、行こう?」
「………」


スカートの裾をギュッと握り締める私の手を取った茜ちゃんに引かれてトイレを出た。でも、教室の前まで来ると体が震えてしまう。どうしよう、今更登校してどうしろって言うの。ああ、もし、この教室から私の存在が消えていたら、私はもう、


「咲里ちゃん」


優しくて、でもどこか怒りを含んだその声に、はっと我に返る。大丈夫、まだ一ヶ月しか経ってない。全部私の妄想、大丈夫。


「大丈夫、頑張って」
「うん」


茜ちゃんに背中を押されて、教室の扉を開く。大丈夫。私はこのクラスの一員だから。
中は、思っていたよりも簡単に私を受け入れてくれた。

久しぶり、大丈夫だった?なんて声が飛び交う教室。ああ、大丈夫だった。みんな私を覚えてる。
席に着く私に、どうしたのなんて群がるみんな。その中で、一人静かにこちらを見つめる霧野君と目が合った気がした。



(130721)