マーガレットの涙 | ナノ
まあ学校に行くとは決めたものの、いきなりまた通い始めるなんて私の精神力じゃ無理だから。 今日は買い物。久しぶりに外に出た事で心拍数が尋常じゃない。
「えと、じゃがいも3つ、にんじん2本下さい」 「はい毎度ー」 「あ!すみません、あとたまねぎ1個」
夕食の買い物を園からだいぶ遠い稲妻町の商店街。わざわざバスに乗って来た。帰りが大変だ。 何でそこまでして来たかって言うと、雷門中から近いから。前まで普通に通ってた雷門中だけど、今までずっと来てなかったからちょっとずつ慣れていかないと!
お肉も買って保冷剤の入った小さめのクーラーボックスに入れて、帰ろうかどうか悩む。ちょっとだけ、雷門中覗いてみようか。 せっかく保冷剤があるんだから、ちょっとくらい寄り道したって大丈夫。それに、夕方になるまでまだまだ時間はあるし。怒られる心配は無い。 方向転換、雷門中への道を進む。
「すっごーい!神サマ9.14秒ですよ」
雷門中のグラウンド前。閉まっていた門をよじ登ってまで見に来たグラウンドでは、ハードル走が行われていた。しかも私のクラス。運悪いなあ、どうせなら1年のが見たかった。
低いグラウンドを上から見下ろす、右手に買い物袋、左手にクーラーボックスを持つ中学2年生、女の子。しかも服装はジーパンに黒いパーカー、そしてひと昔前感溢れるウエストポーチ。誰か、確か希望姉さんのお下がり。 見下ろす先には同い歳の男と女が青春満喫しててさ。はぁ、溜め息を吐いて、あ、揺れる桃色。
「霧野、君」
思いのほか結構大きい声出た。呟いた瞬間、その霧野君がこっちを見た、気がした。いや、遠くからだと分からない。たぶん、見間違い。
…ああ、でも、霧野君、こっちに向かって走って来てる。
「霧野?」「霧野君どうしたの」なんて声が聞こえて、身の危険を察知。たぶん、霧野君、私に気が付いた。何で、名前呼んだから?聞こえてたの?
「……っ!」
とにかく、逃げなきゃ。慌てて身を翻して走り出す。門をがむしゃらに乗り越えて、道路に出てからも思いっきり走った。 袋の中で色々とごろごろとぶつかり合う音がする。じゃがいも、傷んじゃったかな。晴兄、あと子供たちに心の中で謝る。ごめんなさい。
霧野君には、会いたくない。
「霧野、どうしたんだ」
立ち止まって彼女が去って行った方をぼうっと眺めていた時、神童の声にはっと我に返り、そちらに向き直る。そのまま元いた場所に戻った。周りから大丈夫、どうしたの、なんて声が掛かるが適当に返事しておいた。
「何でもないよ」
たぶん、今のは望月さんだ。 私服姿は見たことが無かったけれど、遠くからの雰囲気的にそうだった。彼女特有の、なんとも言えない、静かで明るくて、でもどこか近寄り難い独特な雰囲気。
だが、何故彼女がここに?ずっと学校には来ていなかったのに。あの袋、ってことは、買い物?商店街にでも行ってたのだろうか。 ということは、病気、では無いのだろう、走ってたし。
「次の人、」
スターターの女子の明るい声で、次が自分であることを思い出す。隣のレーンでは速水がいつも通り一人であわあわしていた。
「位置について…
よーい、どん!」
クラウチングスタート、最初のハードルを飛び越える。いつもよりあまり調子が出てない気がした。
(130613)
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