マーガレットの涙 | ナノ



「おい咲里、味噌汁まだ残ってるか?」
「はーっい」


騒がしい子供たちの夕食の時間、私は台所で晴兄に頼まれたおかわりをよそったり軽く作ったりしていた。
チビばっかりなのに、みんなたくさん食べるなあ。すぐに料理全部無くなった。
明日から量多めにしよう。今まで足りて無かっただろうし。

そう考えて、明日久しぶりに外に出てみようかと考える。最近家に籠りっぱなしだし、たまには、良いよね。昼間なんて誰にも会わないよね。


「おい、まだポテトサラダあるか?」

「もう無いよー」


サラダ用の器を持って来た晴兄にそう答えると、晴兄は子供たちの所に戻って行った。「もう無いってよ、残念だったな」「えー!!」なんて会話が聞こえた。


「ごちそうさまでしたー!」
「おう、ガキはさっさと風呂入って寝ろ」


広い食卓から、みんなが騒がしく部屋から出て行く音が聞こえ、しばらくして静かになった。


「よう、お疲れ」
「お疲れ様ー、食事係ってこんな疲れるんだね」
「まあな」


晴兄が持って来た食器を流しで洗い始め、それを手伝おうとしたら「咲里ちゃん、お友達よ」と瞳子さんが顔を覗かせた。

「はーい」


まだスポンジ持ってなくて良かった。そのままエプロンを脱ぎ捨てて玄関へ向かう。



「水鳥ちゃん、茜ちゃん」


玄関の前で立つ二人を上がるよう勧めて、今一人で使っている自分の部屋に招く。さっき用意したバームクーヘンを差し出して、ちゃぶだいを三人で囲む。


「…これ、数学のプリント」
「うっわー、多いなあ」


水鳥ちゃんがバームクーヘンを食べ進める横で、ホチキスで止められた10枚程あるプリントを差し出してくる茜ちゃん。


「よくわからないけど…とにかくやれば良いと思う」
「うん、ありがとう」


茜ちゃんも水鳥ちゃんもクラスが違うから数学の先生が違う。だからわからないのは仕方が無い、けど。


「この量やるのかあ〜」

「ガンバレ」
「あたしたちのクラスはそんな課題出なかったけどな」
「不公平」



「今日、音楽クラス合同で、神サマが…」


出た、神サマ。神童君のことだけど、ファンの女の子はみんな神サマって呼ぶ。顔良くて文武両道、財閥のお坊っちゃん、前まで部活のキャプテンやってたとか。あと学級委員長。

色々と会話を楽しむ。学校に行けなくても、二人と話せるこの時間が好き。
でも、いつまでも二人に来てもらうのは申し訳無い。私の事情でこんな時間割いてまで来てくれるなんて。


「………」
「咲里、どうした?」


黙り込む私の顔を覗くように、水鳥ちゃんが話しかけてくる。視界の端で茜ちゃんの心配そうな顔が見える。


「…さっき、ああ行った、けど」


若干の涙声になりながら、喉の奥から音を絞り出す。


「私、学校、行きたいの」
「ぁ………」
「でも、行くの怖くて」


手にあるフォークを握り締める。金属製のそれが、熱くなった。


「、き、霧野君に会ったら、思い出しちゃいそう、で」
「………」
「でも、ずっとこのままなのも嫌、学校で、みんなに会いたい」


視界が霞む。ああ、もう、どうしてこんな。泣いちゃ駄目、


「もう、嫌。私、」
「…咲里ちゃん」

「大丈夫だ、あたしらが付いてるって」


優しく微笑む茜ちゃんに、力強く頷く水鳥ちゃん。


「クラスは違っても、大丈夫だよ」
「…何かあったら、すぐ駆け付ける」


そう笑いかけてくれる二人が大事な友達。大丈夫、頑張れる。



(130613)