彼のどこが好きなのかと聞かれれば、そりゃあもちろん、
格好良くて頼りになって、誰にでも優しくて親切なところ。
優しい笑顔が好き。誰にでも分け隔てなく優しいところが好き。
でも、でもね、
いい加減にしないと怒るよ?
キドに頼まれてスーパーまで足を運んだ帰り道、私は見てしまった。
恐らくバイト帰りだと思われるセトが何人かの女の子にきゃっきゃっと囲まれているところ。
セトはさして嫌そうな顔もせず、あの優しい笑顔で女の子たちの相手をしていた。グッ、と唇を噛み締める。
なんで追い払わないの。そんなだからどんどん女の子が寄って来るんじゃない。仮にも私と彼は恋人同士という関係。だったらもう少し女の子と接するのは控えた方が良いと思う。
それはとても自己中心的だと自分でも思うけど、でも、それはそれだけセトのことが好きってこと。
野菜の入ったエコバックを腕にぶら下げて、そこの集団に近付く。こちらに気が付いたセトと目が合った。
「セト!バイト終わったの?」
女の子たちに聞こえるよう、少し大きめな声で呼べば、セトは嬉しそうに微笑んで、こちらを振り向いた女の子たちは煩わしそうに顔をしかめて。
「おぉ、そうっす!今から帰ろうと、」
「じゃあ一緒に帰ろうよ!」
セトの言葉を遮るようにしてそう言えば、セトはわかったと頷き、女の子の一人がセトに詰め寄った。やめて、近付かないで。
「あの子、誰?」
「俺の恋人っす」
そう聞いた瞬間、女の子たちはえー、なんて不満気な声を漏らし、ちらっとこっちを見てきた。それに笑顔で返しつつ、内心べぇっと舌を出した。私の表情を伺った女の子たちは、どこかへ去って行ってしまった。これで良い。いや良くないけど。
「行っちゃったっすね…」
「………」
不思議そうに首をかしげるセトを見上げて、こっちが首をかしげたくなる。なんで、あんな子たちのことなんて、気に、するの。
込み上げてくるイライラを掻き消すように私がさっさと早足で歩き出すと、彼も慌てて着いてきた。
「どうしたんすか」
「………」
早足、無言で歩いて行けば、セトの不思議そうな声が後ろから聞こえた。どうしたって。それは、ないよ。
「っ!」
ピタリと立ち止まり、勢い良くそちらに振り返れば、驚いた顔のセト。なにそんな驚いてんの意味わかんない。
「この野郎っ!」
「っ!?」
がっ、とセトの被っていたフードを思いきり下まで引っ張ったら、え、と間の抜けた声が。はっ、本当のカエルみたい。怒りのままにセトを置いてアジトの方に一人で駆け出す。もう、あんな奴、知らない!
「ただいまー…」
アジトの扉を開いたら、キドが出迎えてくれた。
「おかえり、助かったよ」
「うん」
玄関を上がりながら短く返事し、キドに袋を渡してリビングへ向かう。キドはそのままキッチンへ。テレビを見ながらソファでくつろいでいたカノにおかえりー、なんて間延びした声をかけられた。
「ただいま」
「いやぁ、おつかいなんて珍しいね」
一緒にテレビを見ようと思い、カノの隣に座ると、さりげなく肩に腕を回された。いつもだったら殴ってるところだけど、今日はなんか面倒臭かったので大して拒まなかった。
「あっれぇ、珍しい」
「…………」
「今日は拒まないんだ。あ、もしかしてセトと別れたの?」
テレビに集中しろよとか思いながら画面を見つめて、カノの言葉を流していたけれど、その言葉に瞬間的に固まる。
「あれ、もしかして図星?」
「…………」
「ねぇ、どうなのねぇ」
「…………」
「答えないの?ねぇねぇ、ねぇ」
「…………」
「ねぇ聞いて「うるさい!」
スルーを心掛けたが、あまりにもしつこいので、そのいやらしく肩に触れてくる手を払って立ち上がる。
一発殴ってやろうかと拳を作ったところで、玄関から声が。
「ただいまっすー」
その声を聞いた瞬間、一気に怒りが大きくなってきた。
「………」
私がブわなわなと拳を震わせていると、カノがあのにやにやした笑顔で、うつむいた私の顔を覗いてきた。
「あっれー?」
「うるさ」
「うるさい」。そう言い掛けて、カノに拳を向けた時、玄関の扉が開いた。開けたのは、セト。
「あ……」
その顔を見た途端に気まずくなり、慌ててカノから身を離し自分の部屋に逃げ込む。後ろから「あーあ」なんてカノの声が聞こえたけど、無視。
「うぅ……」
ベッドにダイブして布団を頭まで被り、さっきのことを思い出す。
なんで、あんなに楽しそうに笑うの。茶髪やら金髪で化粧の濃いイマドキな可愛い女の子に囲まれちゃってさ。あんなに顔が近付いても拒絶しないし。
「恋人」なんて。口ではそう言ってるけど。実際のところはどうだか。セトのバイトが忙しくてデートなんてそうそう行けやしないし、いっつも帰りだって遅いし!もしかしたらあの女の子たちの方が私よりセトと顔合わせてんじゃないの?
そう考えて、またしても落ち着いてきたイライラが再発する。
誰にでも優しいセトは好き。裏表がなくって、私みたいに人見知りもしなくて、すぐに人と仲良くなれるのは良いことだとは思うし、私はセトのそういうところを好きになった。でも、でもさ、あれはさすがにないよ。見せつけるように女の子といちゃいちゃしちゃってさ。
「あの…香織?」
扉をノックする音と共に聞こえてきた控えめな声。これは、セト。
「………」
「…入るっすよ?」
女の子の部屋に許可も取らずに入るな、そう叫ぼうとしたけど声が出なかった。
ガチャリ、と扉の開く音に続いて聞こえた静かな足音。
「あの、香織」
「…………」
「どうか、したんすか?」
その問いに、思わずはぁ!?と声を出しそうになって、慌てて堪えた。こいつが気付くまで口は利かない、絶対に。
また足音が聞こえて、近くにセトの気配。ベッドが沈んで、スプリングの軋む音。
そして、私の被っていた布団は剥がれて、一気にひんやりとした空気を顔に感じる。
ふと視線を動かすと、近くにセトの顔。
「何かあったんすか?」
「………」
心配そうにこちらを見つめる視線に、ギリ、と奥歯を噛む。それはセトにも聞こえたようで。
「何か言わないとわかんないっすよ?」
さらに眉を垂らしたセトに、そのまま理解出来なくて良いよ!と心の中で投げやりに叫ぶ。
「香織」
耳許で名前を呼ばれて、びくり、肩が揺れる。
そして一気に引っ張られた体。あ、と思った時にはセトの腕の中にいて。目の前一面緑。呼吸が苦しくて身を捩ると、セトはそれに気が付いたのか離してくれた。でも、セトと向き合う形になったのは気まずい。うつむいていると、
「口で言ってくれないなら、」
その低い声に驚いて思わず顔を上げてしまう。でもそれがいけなかった。しまった、と思った時にはもう遅くて。顔を背けた瞬間、視界の端に捉えたセトの赤い瞳。
「ぁ、あ……」
「……嫉妬、っすか」
「………ひ、卑怯!」
一刻も早くここから逃げ出さなければ。セトから離れようと暴れてみるけれど、セトに押さえつけられてそれは無理だった。
「口でちゃんと言わないのが悪いんすよ」
私が悪いみたいな言い草に、反論してやろうとセトの方を向いたら、セトは頬を軽く赤く染めながら嬉しそうに微笑んでいた。
「なに笑ってんのよ!」
こっちが怒っているというのに相変わらずにこにこと笑っているセトを睨み付けても、セトは笑顔を崩さず。
「だって…香織がそうやって妬きもち焼いてくれるのが嬉しくて」
「はぁ?」
「それだけ愛されてる、ってことっすよね?」
そう笑顔で言われれば、顔を真っ赤にする他無くて。こんな顔見せられない。セトの胸に顔を埋めれば、上から声が降ってきた。
「こんなに妬きもち焼いてくれるなら…もっと女の子と仲良くするべきっすかね」
「そんなことしたら…」
あんたのことカエルにするよ?腕を伸ばしてそいつの緑色のフードを掴んだ。
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なんというグダグダ、長い
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