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奇妙な色の三日月が浮いている.
よくよく見ると 三日月上部の尖りに白い糸が括り付けられていて その糸は漆黒の空に吸い込まれて端は見えない.妖しいオレンジ色の光を放って これまた奇妙な形の建物を照らしていた.
その三日月の湾曲した腹の部分に 小さな人影が腰掛けていた.黒いフードに隠れて 白い頬と小さく尖った顎だけが覗いている.
人影は縦縞タイツの細い脚をふよふよと揺らしていたが やがて三日月の腹を苛立たしげに叩くと 建物の群れの中に身を踊らせた.


「death or die!」

今まさに青年の口へ招き入ろうとしていたパンプキン・パイが ぼとんと皿の上に帰って行った.
真っ黒いローブのフードを跳ね除けて 両手を広げた形のまま停止した少女の右手には 箒が握られている.無残に砕けた窓ガラスが 黒いレースアップ・ブーツに踏みしめられて じゃりと音を立てた.
青年は少女の不自然に歪んだ口元をまじまじと眺めて 開いていた口を一度閉じた.

「…出来れば…生きたいです」
「death or orgasm?無理でしょう」

紅茶色の長くてふわふわした髪を揺らしながら 皿の上からパイの欠片…では無く本体を攫っていく.
悲鳴を上げた青年を後目に 今し方下品な発言をしたとは思えない上品な形の唇へ パイを運ぶ.片手を背後へ向けて軽く指を振ると 床に散らばっていたガラス片が ちりちりと音を立てて 観音開きの窓へと戻っていった.
青年が命懸けでお菓子の魔女からくすねてきた極上のパイは 少女の腹の中へと消えた.

「勃起不全のインキュバスだなんて憐れなものね そう思わない?」
「うるさい!元はと言えばお前が妙な薬を飲ませたからだろ!」

青年がこれだけは と守ろうとしたパイの欠片を素早く取り上げ 元の姿を取り戻した窓の外へと放り投げた.ひゅ と白い影が横切って ご馳走を掠め捕っていった.窓の桟に取り付いた青年の首が がくんと落ちる.
振り向いて少女を睨み付ける青年に 少女は少しだけ笑って 傍らに歩み寄った.見上げた黒い双眸が揺れる.

「食いしん坊な梟だわ」

囁くように言って 青年の薄い唇に ちゅむ と口付けた.重なった唇の隙間から白い光が煙の様に零れ 青年の青白かった頬に 僅かに赤みが差した.萎びていた銀色の髪が艶を帯びて 月光を照り返す.少女が唇を離すと 青年は目を逸らして小さな溜め息を吐いた.

「…早く治す薬を作ってくれよ」
「ねぇ 私スコーンを作ってきたの.あんな年増のお菓子より ずっと美味しくてよ」

青年の常からの決まり文句を 決まり事の様に無視して ローブの影に手を突っ込んだ.
青年は知っている.けれど強くは言わないし 言えない.胸の辺りで紅茶色が揺れている.
口に押し込まれたスコーンを咀嚼して また一つ溜め息を吐いた.



plan:Hello Nightmare 20101031
witch's sweets
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