02

「――それじゃあ主、一週間よろしく頼むよ」
にっこりと笑った髭切に、よろしく頼むのは主の方であって間違ってもお前ではない、と全刀剣男士が心の中で突っ込んだ。
公正なるくじ引きを引いた翌日、これから一週間の休暇を取る審神者と、その護衛である髭切を見送るために、本丸一ノ門の前に皆が集まっていた。
というのも昨夜、主の護衛を誰が務めるかというくじ引きで見事当たりくじを引いたのが、源氏の重宝、髭切だったのだ。
誰もが色のついていないくじの先に落胆した中、「あ、僕だぁ」と随分と間延びした声に皆の視線がそこに集まった。
アイスの当たり棒でも引いたかのような軽やかな声に、その場にいた刀剣男士全員が「嘘だろ……」と顔を引き攣らせたのは言うまでもない。
休暇中の護衛に向いていない刀剣男士ランキングがあるならば、間違いなく三日月宗近と同等に上位に食い込む男だ。
主の護衛が髭切なんて激しく不安だ。審神者を休ませるつもりが髭切を連れていくことでむしろ世話が増えて休暇の意味がなくなってしまうのではないだろうか。しかし公正なくじで決まったものを髭切だったからやり直すというのは公正ではなくなってしまう。
当たりくじを引いた昨夜の髭切は「うんうん。僕が主の護衛だね、皆の分も主を守るよ」と意外にもやる気はあるらしく、皆は納得できたような、できていないような、微妙な気持ちを隠しきれないままこの朝を迎えることとなった。
「よろしくね……髭切」
にこにこと笑みを浮かべる髭切を前に審神者がぎこちなく笑った。
休暇に護衛をつけるなど急遽決めてしまったからか、それとも一週間の休みをこれから取る後ろめたさか、その表情はどこか硬く、髭切に向けられた笑みもすぐに消え失せてしまった。
「大将」
審神者が髭切からそっと視線をそらしたあと、見送りの輪から薬研が前に出た。
「せっかくの休みにそれ、持っていくのか」
それ、と薬研が指をさしたのは審神者が帰省の荷物と共に抱えている通信端末機だ。
これは本部からの伝達や連絡に利用しているもので、置き型のパソコンとは別に外出先で本丸の伝達連絡事項や本部からのメッセージを確認したい時などに使われる。
大きさはノートと同じくらいで、簡単な資料作りや出陣時の作戦立てにも使用でき、演練などでもよく持ち出す便利なアイテムだが、同時にそれを持っていればいつでもどこでも仕事ができることを意味していた。
「何かあったとき連絡できないのは困るでしょう? すぐ対応できるようにしてるから、何かあったらこっちに連絡してね」
「まあ、そうなんだが……」
表立って言いはしないが、此度の目的は審神者の心の休暇である。そんなものが手元にあったのなら、休まる場所にいてもそれが気になって休まらないのではないだろうか。真面目な審神者なら尚更だ、と薬研が眉を寄せる。
「せっかくの休暇なんだ。あまり触らない方がいい。それが気になって一日気を張っているよりも、触らないぐらいが気持ちも休まるさ」
せっかく休暇を取るというのに仕事ができてしまうものを持っていくのはどうだろうかと、差し支えのない言葉を並べつつ薬研が微苦笑を浮かべると、その横から国広が口を挟んだ。
「出陣がないんだ、何か起こるはずがない。だから俺達のことなど気にせずゆっくり休むといい」
素っ気ない口調ではあったが、国広なりに労るような言葉であった。……それがきちんと審神者に伝わっているかは抜きにして。
「う、うん……、よろしくね、国広」
案の定、審神者は目の前に現れた国広に怯えたような顔をしたあと、誤魔化すように笑みを張り付けてすぐに俯いてしまった。
「…………」
審神者の弱々しい精一杯の笑みに国広は顔を顰める。その表情に審神者は更に肩を縮めるのだが、国広の方はというと「なぜ俺が話し掛けると怖がられる!?」と泣きそうになってしまう表情を引き締めてのしかめっ面なのだが……、そのしかめっ面が審神者には睨まれているように見えているのであった。
「挨拶はいいか、そろそろ出るぞ」
そんなふたりを見兼ねて、膝丸が二人の間に入った。
休暇中の荷物を詰め込んだボストンバッグを肩に引っ掛けるようにして持ち、審神者とその護衛である髭切の前に立つ。
さあ行くぞ、とばかりに前に出た膝丸に本丸一同の視線が集まった。
何度か瞬きを繰り返した後、「いやいやいや」と加州がすかさず膝丸の肩を掴む。
「なんで膝丸さんも出ていく準備してんの」
審神者の護衛は公正なくじで髭切と決まったはずだ。それなのに何故ついていく気満々でそこに立っているのだと睨むと、膝丸は何かおかしいことがあっただろうかとばかりに首を傾げてみせた。
「兄者と俺は『二振一具』だ。兄者が主の護衛にあたるなら、必然的に俺も主の護衛となるだろう」
「『ふたふりひとそなえ』だか『ニコイチ』だか知らないけど、行けないから! 昨夜膝丸さんが引いたのははずれくじだったでしょ! 行けないから!」
はずれを引いた自分達が審神者についていけないのを大人しく我慢しているというのに、一人だけ特別ルールをかざそうとする膝丸を皆が引きずり戻す。
「旦那ァ、抜け駆けは良くないぜ?」
「そうだ、公正なくじで決めただろう」
特に、くじから除名された薬研と国広が膝丸の両腕を必死に掴んでは放さなかった。
「くっ、放せ……! 兄者が一人では色々心配だろうが……! 気付かなかったのか! 昨夜、兄者は……っ」
「じゃあ行こうか、主」
「えっ、あ、う、うん」
膝丸が言い終わる前に、というよりも被せて掻き消すかのように、髭切が審神者の背中に手を添えて歩き出した。
「じゃあ皆、本丸をよろしくね」
膝丸が落とした荷物を拾い上げ、髭切が皆へと振り返って言った。
いやお前が言うんかい、と皆が心の中で突っこみ、ふたりが現世へ通じるゲートへと踏み出す。内側から強い光が放たれる。
国広と薬研に引き留められながら、膝丸が腕を伸ばした。
「あ、兄者ーっ!」
その時、白い光の中で髭切が人指し指を唇の前にかざしたのを膝丸は見逃さなかった。
黙っていなさい、と示されたそれにひくりと喉を鳴らし、膝丸はふたりの姿を見送った。
「…………」
「あーあ。主、行っちゃった」
眩い光に包まれ、姿を消したふたりに加州が寂しそうにぼやく。
できれば自分が審神者の護衛につき、気分転換に付き合ってやりたかった。そんな気持ちが伝わるような声に皆が「仕方ない」と苦笑してその場を後にした。
国広と薬研も再度ゲートに振り返っては踵を返したが、膝丸だけはひとり、その場に残っていた。
「兄者……」
最後の最後、兄が見せた仕草に不安が過ぎる。
「…………一体何をする気なんだ……」
最後に見せた兄の仕草と、昨晩のくじ引きに、膝丸は審神者の心配をせざるを得なかった。
何故なら昨夜の髭切は……。
「……何故、当たりくじを『引いた』のだ、兄者……」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -