ばけもののおそうしき

「――神隠し、しようと思うんだ」
皆が朝餉を囲む大広間にて、髭切が言った。
もうしばらく賑やかな声を聞いていない広間に、髭切のその声は、湖に小石を落としたようだった。
「それって主のこと?」
どう返すべきか皆が反応に困った中、初期刀の加州清光だけは髭切を真っ直ぐ見詰めた。
「うん、もういいかなって」
そう寂しそうに言った髭切の隣に、審神者の姿はない。
最後に広間へ顔を出してくれたのはいつだったか。もう何日前のことだと指折り数えることもできないくらい、今となっては懐かしい思い出になりかけている。あの頃の審神者がそこにいたら、きっと何を言ってるのだとこの重々しい空気を笑い飛ばしていただろう。それなのに、今はもう、その笑い声を聞くこともなければ、話しかけて笑いを誘うこともできない。あの目に自分達の姿を映すこともできなくなってしまった。ただ、苦しく愛しいのは、審神者は一振ひとふりの手の感触を覚えており、白く細くなった手を握れば、声の出ない口を動かし、嬉しそうにその物の名前を呼ぶのだ。その一瞬を心の底から嬉しく思いつつも、その握った手からも審神者の霊力を吸い取ってしまいそうな気がして慌てて手を離してしまう。すると、審神者は苦く笑いかけるのだ。そしてその申し訳無さそうな笑みは、今の髭切とよく似ていた。髭切という刀はこんな表情をする刀だったか、と思った。でも、仕方がない。この男は、審神者のそんな顔をうんざりするほど見ていたのだろうから。自分のことを愛してくれた人の命の灯火が、細くなっていくのを見ているだけというのは、ただただ辛い。刀剣男士という人の器を得たというのに、その苦しみをどうにかしてやることができないなど、物であるときとなんら変わらないではないか。
何が刀剣男士だ。
自分達の主を喰うようにして存在する、人の真似事をした『物』がどうして歴史など守れるのか。歴史を守るためにあるのか、審神者の命を食うためにあるのか。この存在は、もはや化け物に近い。
ならば、いっそ――
「いいね、神隠し。悪くない」
――化け物らしく。
審神者など、元々刀剣男士に与えられた贄だ。
簡単に与えた政府が悪い。
「あの子の命も、審神者の役目とやらからも、僕達が隠してあげよう。場所はそう……、あの子が好きだと言っていた花の、たくさん咲いてる場所に」

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