chuuuuu!!

「い、いくぞ……!」
「う、うんっ!」
まるで敵陣に突っ込むかのような気合いと覚悟だった。膝丸と審神者は膝を突き合わせて座り、緊張した面持ちでその時を迎えようとしていた。
膝丸の手がややぎこちない動きで審神者の腕を掴み、そっと体を引き寄せる。細く長い睫毛が伏せられたのを見て審神者も勢いよく目を瞑った。
――ああ、ついにこの時が。
限界まで高まった恥ずかしさと嬉しさで頭がどうにかなってしまいそうだ。
胸がうるさいほどに高鳴っていて、目を瞑っているのに瞼の裏がくらくらとしてふらつきそうになった。しかし腕に添えられた膝丸の手がしっかりと審神者を支えていて、その力強さにまた胸が苦しくなる。
ふと、唇に何かが掠めた。
「…………――」
頭痛すら覚える胸の高鳴りに気を取られていたせいか、気が付けば二人の唇は離れていた。たった一瞬の出来事だったというのに、廊下の端から端を全力で駆け抜けたかのように鼓動が激しい。薄く細められた膝丸の目を至近距離で眺めながら、とうとう彼と口付けをしてしまったのだと悟った。
「き、君……?」
心配そうにこちらを見る膝丸の目に、審神者はしばらくして我に返った。
「……あ、あの……っ」
「う、うん……?」
「い、一瞬、過ぎて、よく、わからなかった…………」
「何……?」
「だ、だって、すごく緊張してて……。ひ、膝丸は、どうだった……?」
「どっ……、……お、俺は、わかったぞ……」
「えっ……!」
「君の唇は……、とても、柔らかかった……」
「ず、ずるい……!」
「ずるい……!?」
「わ、私も、膝丸の唇の感触、知りたい……っ!」
極度に緊張していた審神者のせいでもあるが、初めての口付けが一瞬過ぎて相手の唇の感触など追えなかった。いや、そもそも口付けの瞬間でさえ、頭痛のような胸の高鳴りに阻まれてよくわからなかったのだ。そうだというのに膝丸だけが口付けの感触を把握できているのはなんだか納得がいかない。
どこかうっとりした表情で口付けの感想を話した膝丸に審神者は食い付いた。
すると、白皙の頬を僅かに染めた膝丸が咳払いをした。
「な、なら、もう一度」
……君が嫌でなければ、と向けられた目に審神者は「う、うん!」と力強く頷いた。
「い、いいか……。するぞ」
「は、はい……」
先よりも、もう少し膝を寄せ、二人は再度見つめ合う。
口付けに対する恥ずかしさは完全に拭い切れていないが、何がなんだかわからぬまま膝丸と初めての口付けを終わらせるのは嫌だった。ぎゅっと審神者が目を瞑ったのを合図に、膝丸が小さく顔を傾けて唇を重ねた。
二度目の口付けは、一度目よりも長く、深く。
確かに唇と唇が触れ合った感触がして、審神者は目を開いた。
途端、世界がきらきらと輝きだしたように見えた。先よりも視界が明るく、星が瞬いているような眩さがある。まるで、一瞬にして世界が生まれ変わってしまったかのようだった。
「君……?」
しかしそれはきっと、こちらを覗き込む膝丸の目が一点の曇りもなく、澄んで見えるからだろう。長い睫毛の向こう側にある琥珀色の目が審神者を覗き込む。
「ど、どうだった?」
「……なんか、ふわふわした……」
触れた唇の感触を落とし込むように自身の唇を噛む。夢といえば夢、夢じゃないといえば夢じゃない。膝丸との口付けは曖昧で儚くて、甘く蕩けるような感触だった。
「唇ってこんなに柔らかいんだね……」
もしくは膝丸だからこんなにも柔らかいのかと一瞬の記憶をなぞるように唇を噛み合わせる。すると、それを見た膝丸が顔を近付けたまま審神者の腕を引き寄せた。
「――口、開けて」
口早に告げた膝丸が珍しくて目を見張ったが、どこか焦ったようにも聞こえた声は口付けの中で淡く溶けてしまった。こんなに砕けた口調は初めて聞いた、と思うのと同時に優しく下唇を噛まれた。
「んっ、ん……っ」
柔く、慎重に唇を噛んだ膝丸はあむあむと甘噛みを繰り返し、審神者の腰を抱いた。
「ふっ、ぅ」
ぐっと抱き寄せられる力強い腕に男の力を感じてしまい、審神者は思わず変な声を出してしまった。口付けでこんな声を出すのはせいぜいお話の中だけかと思っていたのに、まさか自分から出てしまうとは! 
驚きと恥ずかしさに膝丸の腕を掴めば、その腕が更に力んだのがわかった。
鼻先が擦れ、口付けが深まる。
「……ふっ、あ……」
甘噛みを繰り返され、すっかり解れてしまった審神者の唇を膝丸が舌で舐めた。
ひくんっと体が震えると、まるで逃げ回る小動物を逃さないように掻き抱かれて息が詰まった。苦しい。けれどその奥から微かに甘い疼きが込み上げてきて審神者は戸惑った。……なんだ、これは。しかしその戸惑いごと喰らうような膝丸の口付けに審神者は翻弄され、逞しい腕の中でとろりとふやかされてしまった。
「ん……、は、ぁ……」
荒波に飲まれてしまったかのような感覚で、息をするタイミングがなかなか見付けられなかった。ふにゃふにゃに蕩けた口が解放され、はあはあと呼吸を繰り返していると、どことなく物足りなさそうな顔をしつつもそれを耐えているような膝丸に見下される。
「……明日も、していいか」
問われている内容がわからずとろんとした表情をさせた審神者だったが、熱っぽい膝丸の目にそれが先程の口付けだとわかると慌てて居住まいを正した。
「あ、あの、えっと、あ、明日も……その、さっきみたいに、舌、いれる……?」
「い、嫌だったか……?」
聞けば、膝丸が途端におろおろとしだしたので審神者は小さく俯いて首を振る。
嫌じゃない。むしろ気持ちよかったとすら思っているのだから嫌ではないのだろうが、その『気持ちよかったの先』に少しだけ触れたような気がして胸が落ち着かない。近付いてはいけない戸に手を掛けてしまったような後ろめたさがじわじわと押し寄せて膝を擦り合わせた。
「あ、あの、嫌じゃないんだけど……、その、そわそわしちゃうというか……、なんか、え、エッチだったよね……? あれ」
「………………」
まだ自分には早すぎる展開をスキップして飛び越えてしまったかのような恥ずかしさを込めて見上げると、見詰められた膝丸はすんっと鼻を鳴らして真顔になった。そして。
(…………明日も絶っ対舌を入れる)
そんな強い意志を固めたのだが、初めての口付けを終えたばかりの審神者が気付くわけもなく、今日も明日もその先も、審神者との口付けが癖になった膝丸に翻弄されてしまうのであった。

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