04

「先生」
過ぎ去っていく外の風景を眺めていた時だ。
なんてこともない見慣れた車窓の景色から、突然視界に美少年が飛び込んできた。淡い色のふわふわとした髪に、長い睫毛に囲まれた大きな琥珀色の目。子供の頃食べた黄金色の飴を思い出させる瞳の持ち主は、電車の中でぽけっと突っ立っていた私の顔を覗き込んでいた。
「髭切くん……!」
お家以外では滅多に会うことのない彼の名を呼べば、薄すぎず厚すぎずの唇がにこっと口角を上げた。学生服を纏い、スクールバッグを肩にかける髭切くんは私が家庭教師をしているところの男の子だ。
穏やかな声と見ているこちらもつられて笑顔になってしまいそうな優しい笑みを浮かべる髭切くんは顔が整い過ぎてて中性的な印象を与えるけれど、私より頭一個分あるすらりとした背丈を見上げると、しっかり男の子なんだなあとしみじみ感心してしまった(まだ伸び続けていると聞くので成長期すごいなって思いました)。
「髭切くんと電車の中で会うなんて珍しいね! 今から帰るの?」
「うん。先生もこれから帰り?」
「ううん、私はこれから図書館に行くの。大学のメディアセンターが混んでて座れなかったから」
メディアセンターとは、大学の中にある図書館のことだ。いつもならそこで課題をしたり、レポートを作成したり、はたまた睡眠を貪っていたりするのだけど、今日は日が悪かったらしく空席を見付けることができなかった。なので少し足を伸ばして近くの図書館に行こうと電車に乗り込んだのだが、まさかこんなところで下校中の髭切くんと出会うとは!
「何か調べもの?」
「ううん、次の課題を作ろうと思って」
「課題って、僕の……?」
「そうだよ。来週髭切くんにやってもらおうと考えてる課題だよ」
「ああ、先生今週は忙しくて来れないんだっけ」
「ごめんね、ゼミの発表があって……」
「ううん、責めてるわけじゃないよ。ただ……」
実は、今週の家庭教師のバイトはお休みを頂いている。髭切くんのお家に伺う日にゼミ仲間と発表の打ち合わせがあり、いつもの時間に向かえそうにないのでお休みをすることにしたのだ。
……まあ、髭切くんからすれば勉強の拘束時間が無くなるのでラッキーと思っているかもしれないけれど……。
「――っ!」
なんて苦笑を浮かべようとしたとき、電車が大きく横に揺れ、私の体が揺さぶられるように傾いだ。
そばにあった手すりを掴みそこねてしまい、そのまま後方へと倒れるかと思ったけれど、代わりに力強い腕が私の腰を抱き寄せた。
「――寂しいなって」
びっくりするほどの、力強い腕。
「先生がお家に来てくれないのが」
ふらついた体が、その腕一本だけで支えられてしまった。
一見、背の高い女の子に見えなくもない柔和な顔立ちの子から、隠しきれないほどの男の子を感じてしまい目を見張った。抱き支えられた姿勢から顔を上げると、きらきらと輝く飴色の目と目が合った。昔食べた、黄金色の飴を思い出して口の中が一気に甘くなった気がした。
「ごっ……、ご、ご、ごめん……!」
「うん? ああ、大丈夫だった?」
髭切くんは支えてくれた手をぱっと離しては、私の手を銀色の手すりへと導いた。その手は紳士的で、電車ですっ転びそうになった私を支えてくれたというのは百も承知なのだけど、腰に残る力強い手の感触に胸がばくばくと脈打った。
髭切くん、結構力あるんだ……。とか、支えてもらったときすごく近かった……。とか、手、あんなに大きいんだ……。とか色んな感想がわき上がってしまい、私はそれを頭の中でかき消すのに必死になってしまう。
(電車の中でバランスを崩したのも恥ずかしいけど、髭切くんに支えてもらって謎にどきどきする自分もすこぶる恥ずかしい……!)
思わず銀色の手すりをぎゅっと両手で握り締めていると、同じ手すりに私を支えてくれた手が視界に入る。白くて長い、綺麗な指だと思っていた手はよくよく見れば男性らしく骨張っているし大きい。なんでこの子のこと中性的だと思えていたのだろうかと手すりを掴むその手をじっと見詰めていると、髭切くんが小首を傾げて私の顔を覗き込んだ。
「ねえ、先生。僕も一緒に図書館に行ってもいいかい?」
「は……、へ、えっ?」
「今週先生に会えないのが寂しいから、ちょっとでも一緒にいたいなって。あ、ちゃんとおとなしく自習してるから邪魔はしないよ」
「……!」
ちょっかいは出すかもだけど、なんて冗談まじりに言った髭切くんに、内心それどころじゃない動揺しっぱなしの私は「ダッ、ダメデス! よろしくないデス!」なんてカタコトで返しそうになったけれど、ダメ押しとばかりに「ね、先生。……だめ?」と甘えるような声で続けられ、あえなく撃沈するのであった。
「――…………先生の腰、細……」
「えっ? 髭切くん何か言った?」
「ううん、先生と図書館行くの嬉しいなって」
「て……、天使かな……?」

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