ハニートラップ

小さな声が膝丸の背中を呼び止める。
「膝丸、膝丸」
湯浴みを終え、今日一日を終えた膝丸の耳にその声は心地が良かった。膝丸の名を呼ぶ、その澄んだ柔らかい声は、汗を流した湯浴み以上に膝丸を笑顔にさせてくれる。
「君?」
どうした、と振り向けば、厨の暖簾から審神者がひょっこりと顔を出していた。審神者はしきりに辺りを見渡し、廊下に膝丸以外がいないのを確認すると、小さな手で手招く。本丸の主たるものがそのようにこそこそする必要もないだろうに、しかし必死にこちらに来いとする審神者の仕草が愛らしく、膝丸は目を細めながら歩み寄った。
「何をこそこそしている?」
「しっ、はやくはやく」
口元に人差し指をあて、誰かに見付からないようにと審神者が膝丸の手を握り、厨の中へと誘い込む。小さな手にきゅっと握り込まれ、暖簾の奥へと引きずり込まれた膝丸は「こらこら」と言いつつも、笑みが浮かんでいた。
審神者は膝丸を厨の中へと入れると、鍋がかけてあるコンロの前へと進んだ。そしてその鍋をコンロから離し、置いてあったマグカップに中身を注ぐ。注がれたものは白く、カップの底から温かそうな湯気と共にまろやかな香りを膝丸へと届けた。
「ホットミルクか」
聞けば、審神者はカップを両手で持ち、ふーっと湯気を吹き飛ばして膝丸へと持ち手を向けた。
「蜂蜜を入れたの。はい、どうぞ」
「……? ど、どうも……?」
膝丸は手渡されたカップを受け取り、どうしたのかと審神者を見下ろす。
「どうした、突然……」
「今日、新しい子達との手合わせを頑張ってくれたって聞いたから」
「うん……? まあ、手合わせ、したな……」
今日は一日、新しく顕現した刀剣男士達との手合わせを行っていた。顕現したばかりで、人の体で戦うということがまだ不慣れであろう希望者を募り、一日稽古に励んでいたのだ。
「それが……、どうし……」
た、と言い続けた声がかすれる。すると、ふわりと立ち上がった湯気の向こうで審神者が微笑む。
「声がかすれてるなぁって。喉を痛めた時は蜂蜜入りのホットミルクが一番だよ。蜂蜜にはね、殺菌効果があるの」
そういうことか、と膝丸は受け取ったカップを見下ろす。確かにカップの中のミルクはやや黄みがかっている。手合わせで張り上げていた喉を心配してくれたらしい。
「でも、寝る前のホットミルクって少し悪い事をしているみたいでしょう? だからね、こっそり飲んでね」
声を潜めて楽しそうに話す審神者は、まるで悪戯っこのようで可愛らしかった。
「そういうことなら、ありがたく頂くとしよう」
こっそりと……、と付け足せば、審神者がくすくすと笑った。膝丸は審神者の笑みを見詰めては、優しい思いがそそがれたカップに口をつける。傾けると、蜂蜜の香りと共に甘ったるいミルクが口の中に広がった。
「……俺には少し……、甘過ぎるな」
カップから口を離し、唇を舌で舐める。舌に絡み付くような濃厚な甘さに苦笑すれば、審神者はそう口にすることを知っていたかのように目を細める。
「だめだめ。ちゃんと最後まで飲みきって」
「君、わざと甘くしたな」
「もったいないわ。ほら」
カップを戻そうとする膝丸の手を審神者が止める。膝丸は楽しそうにこちらを見る審神者に「ほう?」と片眉を上げ、再度ホットミルクを口にした。そして、一口含んでは審神者の唇にそれを流し込んだ。
「……っ!」
顎を持ち上げ、口の中でぬるくさせたミルクを流す。小さな口から零れたミルクを舌で拭ってやり、白い喉がこくりと上下するのをしっかりと見届ける。
頬を染めた審神者が、睨むように膝丸を見上げた。
「どうだ? 甘いだろう」
「も、もう……」
口端についたミルクと唾液を拭ってやり、再度口付けようとすれば審神者が膝丸の胸を押し返す。
「わ、私はいいから、膝丸がちゃんと飲んで……」
「いや、君も少し飲んでいた方がいいだろう」
「…………?」
弱々しく押し返す小さな手をぎゅっと握り込む。恥ずかしそうにする審神者は、蜂蜜以上に甘く、とろとろに蕩けてくれそうだと膝丸は口端を上げた。
「……今夜、君も喉を使うだろう?」
「……!」
君という甘さなら、いくらでも。

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