お手入れ(髭切)

審神者を始めた頃は、刀を片手で持つのもやっとだった。
長く持てても三十秒程度。太刀など持てるわけがなく、打刀を真っ直ぐ持つので精一杯だった(初期刀からの視線が痛かった)。
しかし年月を経て、太刀くらいは短い時間ながらも片手で支えられるようになった(流石に大太刀は今も無理だが)。おかげで左腕だけ少し逞しくなってしまったが、それもたくさんの刀を手にし、共にあった証拠であると考えれば誇らしい。
審神者はすらりと伸びた刀身を光りに翳し、傷や汚れなどがないかを確認した。
もちろん、刀剣男士に対しての手入れ時に、その本体である刀剣も同時に手入れされ、刀剣男士に怪我が無ければ刀身に傷など残っているはずがないのだが、傷を癒す手入れと、審神者が行う刀身の手入れはまた違うものだったりする。
翳した光を纏うように刀身が白く光り、手入れ中といえどもその美しさに魅入ってしまう。ぞくりとするような白銀の刀身は鋭利な輝きを放ちつつ、他を寄せ付けない気品に満ちている。こうして手に持っているはずなのに、遥か高みから見下ろされているような気もするのだから、やはりこの太刀は美しい。
「なぁに、熱心に見詰めて」
ふと、隣に座る男が口を開いた。男は長い足を抱え、折った両膝に顎を乗せて審神者を見ていた。にやにやと薄笑いを浮かべる髭切に、わかっているくせに、と笑みを返しつつ、審神者は拭い紙を棟に当てる。そのまま静かに手を動かし、切先へと滑らせる。撫でたところから光が走り、まるで目を細められたかのようだった。
もしかすると、隣に座る髭切がそうしているかもしれない。しかし、余所見をすれば知らぬ間に指が落ちてしまうので今は目が離せない。
「ねえ、そんなに僕が好き?」
銀色に光る太刀が言う。
その言葉に頷くように、こんこんと小さな音を鳴らして打粉を打ち付ける。
「なんだか擽ったいなぁ」
白い砥石の粉を打てば、髭切がくすくすと笑った。反対側にも打粉を打ち、こんこんと返事を打つ。
新しい拭い紙を取り出し、打粉を拭おうとすれば、それを覗き込むようにして髭切がにじり寄った。審神者の横にぴたとくっついた髭切は、柔らかい紙で拭われる様子を気持ち良さそうに眺めていた。濃く長い睫毛に囲まれた目はうっとりと薄められ、その表情はまるで撫でられた猫のよう。審神者は尚更丁寧に、ゆっくりと手を動かした。
「…………」
拭い残しがないよう入念に確認しつつ、根元から切先にかけ、撫でるように動かした紙をそっと離す。すると、横にいた髭切が審神者の肩に頭を預けた。どうしたのかと思えば、ぐりぐりと頭を擦り付けられ、その様子にさては飽きてきたなと苦笑した。
あとは仕上げの油を薄く塗るだけだから、と押し付けられる頭に頬を擦り寄せてやれば、ぐりぐりと動く頭が審神者を見上げた。
「……ねえ、もういいよ」
もういいよなどと、自分から手入れを強請ってきてよくいうものだ。髭切だって己の太刀くらい手入れはできるだろうに、あえて審神者に頼んでおいてそれはないだろう(いや、その奔放さこそが髭切といえばそうなのだが)。
もう少し待ってて欲しいと淡く微笑めば、刀身に息がかからないよう口を閉じていた審神者に髭切が顔を寄せた。
「……ひっ……」
いきなり寄せられた美しいかんばせに審神者は声を上げかけたが、それは唇の間で儚く溶けてしまった。柔らかい唇の感触に、太刀の方はあんなにも冷たく鋭いのに、触れた唇はこんなにもに甘く優しい、などと思ってしまう。
「ん……、待って……」
「やだ、待たない」
髭切が横に手をつき、審神者の唇をより深く味わう。太刀を持つ左腕が痺れたわけではないのに震え出す。このままでは太刀を落としてしまいそうだと蕩けそうな口付けから唇を離せば、追い掛けるようにしてまた重ねられた。髭切の手が太刀を持つ審神者の手を支え、床に敷いた布の上にそれを置いた。
「今度はこっち」
太刀を握っていた手は解かれ、代わりに髭切の指が絡む。刀の手入れをしていたはずなのに、と戸惑っていると、そんな審神者に髭切が目を細める。梔子色の目が、一瞬だけ銀色に光ったように見えた。
「ねえ、こっちも手入れをしてくれるかい? こっちの僕はこの可愛い口からきちんと好きって聞かないと満足しないからね。隅々まで、よろしく頼むよ」
薄い唇が弧を描く。その形をどこかで……と探れば、ああ、銀色に輝くそちらの姿によく似ていると審神者は目を閉じた。

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