諦めてお終い

ミルクティー色の髪に、幼い頃食べた飴玉を彷彿とさせる大きな目。長い睫毛に囲まれたその目に見詰められると、口のなかは飲んでもないのに甘ったるい味が広がって私はいつも……いつも……。
「ひ、髭切さん……」
ここで見るはずのない、むしろ見ないために逃げてきた東京のお屋敷の玄関で、この人を出迎えるとは。
「やあ、久しぶり。元気だった? 髪、少し伸びたね。よく似合っているよ」
京都のお屋敷にいるはずの源家の長男が、何故ここに。
いや、何故と言わず、ここは元々源氏のお家なのだからそのご長男が東京のお屋敷に顔を出しても何も問題はない。
けれど、東京のお屋敷にいらっしゃるのなら、前日に京都から連絡くらいあってもいいのに。
「こちらにお越しになるなんて、聞いてませんでした……」
「言ってないからね、当然だよ」
「何故……」
「逃げられたら困るから」
伸びたと言った髪を、髭切さんがそっと手に取った。
「小さい頃はあんなに僕のあとをついてきたのに。いつから僕を見ると逃げ出すようになったのかな」
するりと触れた大きな手に、思わず肩がびくっと跳ねた。すると、それを見た大きな目が煌めき、すうと細められる。
「ただいま、名前」
髭切さんが、私の名前を口にする。
その薄い唇の中で、まるで甘い飴玉を転がすようにして私の名前を呼ぶ。ただの、使用人の名前を。
「来週から僕もこっちで勤務だから。月曜からは一緒に出社しよう」
「こ、困ります。ただの営業事務と跡継ぎの方が一緒に出社だなんて」
「どうして」
「どうしてって……」
靴を脱ぎ、玄関を上がると背の高い髭切さんは私を見下ろす形となる。相変わらず、甘い顔立ちをしているのに背が高い。ジャケットを羽織る肩も広く、私の頬を撫でる手も指が長く、節くれだっている。
「君が源氏の家にいるのは皆知っていることだろう?」
「そ、それは、私の家が代々源氏に仕えているからであって……」
「ならいいじゃないか」
何を気にする必要があるの? と綺麗な指先が猫を撫でるように私の首筋をするすると擽る。
顔だけでなく声も甘い髭切さんに詰められ、そこから逃げるように後退した私の足は壁際まで追い詰められてしまう。
「ひ、髭切さ……っ」
「ねえ、いつになったら諦めてくれるの?」
髭切さんが私を押し潰すようにして体を押し付けてくる。かたい胸、ベルトの金具、スカートを割って入ってくる長い足。全てが息苦しくて、はっと小さく息を吐き出せば、その吐息の近くで薄い唇が弧を描く。
「僕は君以外と結婚する気はないよ?」
そっと囁かれた言葉にかっとに耳が赤くなる。
まだ。まだそんなことを言うのかこの口は。
「だ、駄目です……、髭切さんはいずれ、しかるべき方と……」
「君はいつもそう言って僕を振るね」
「ふ、ふってなんか……!」
「君にフラれるたび、僕が傷付いていないとでも?」
「……っ」
傷付いているというのなら、もう少し傷付いた顔をして欲しい。私がどんな気持ちでこんなことを言っているか、知っているくせに。
困り切った私の顔を見詰める髭切さんの顔はいつも楽しそうで、嬉しそうで、狡猾だ。
長い睫毛に囲まれた甘い飴玉のような目を向けられると、私はいつも……いつも……。
「こっちに来たのは君を迎えにきたからだよ」
あなたのことが好きで好きで、堪らなくなってしまう。
「さあ、はやく諦めておしまい」

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