近侍膝丸のナイトルーティン

―18:30―

主に手伝えることがないか確認し、本日の近侍業務を終わらせる。
まだまだ手を休める様子のない主に『遅くとも夕餉までには切り上げること』と約束を交わし、広間へと向かう。
広間では夕餉の準備が整えられており、配膳を手伝いながらも、今日の内番状況や本丸の皆達の様子を雑談を交えて把握する。

今晩のメニューは白米、豚汁、焼き茄子とあんかけそぼろ豆腐、きゅうりとみょうがの塩昆布あえだ。
茄子は今日採れたものを使っているらしく、豚汁にも入っていた。
歌仙兼定が厨当番と聞いて納得のメニューである。

どうでもいい話だが、あんかけそぼろと聞くと、以前薬研藤四郎が白米にそれをかけて掻き込んで食べていたのを思い出す。兄の一期一振が掻き込んで食すのを嗜めていたが、こっそり美味そうだと思っていたのでいつかやってみたい。


―18:50―

皆はとっくに食事を始めているが、俺はまだ戻らない主を待って夕餉に手をつけていなかった。
ちなみに、この本丸は主より先に食べても問題ない。
「……主を迎えに行ってくる」
夕餉までには切り上げると約束したにも関わらず、いまだ来る気配のない主を迎えに行こうと腰を上げた。
すると、それに気付いた歌仙が箸を止める。
「主を連れてきてくれるのかい? なら豚汁を温め直しておくよ。君の分も」
「ああ、すまない。俺の分はそのままでも……」
「構わないよ。冷めた豚汁は君の兄君が食べてくれるさ」
そう言いながら豚汁を啜った歌仙に、俺の隣でもぐもぐと食べ続ける兄者が機嫌よく頷いた。
「うん、責任もって僕が食べておくよ。……この焼き茄子もね」
「豚汁は任せるが焼き茄子は駄目だぞ、兄者。残しておいてくれ」
「うーん、駄目だったか」
しれっと焼き茄子を食べようとしていた兄者に釘を刺し、俺は主の部屋へと向かった。
今日の茄子は採れたてだ。兄者にも譲れん。


―18:55―

透き渡殿を通って主の部屋へ向かえば、忙しくキーボードを叩く主がいた。
俺が部屋を出た時と変わらないままの姿勢でいるところを見ると、自然と溜息が出てしまう。
「――君」
こうなった彼女はただ声を掛けても無駄だ。
彼女の背後にまわり、キーボードから離れない両手を後ろからすくいあげる。
「夕餉までに切り上げる約束だったはずだ」
「膝丸……っ」
たった今俺に気付いたとばかりに驚く真ん丸の目がこちらを見上げた。
「えっ、やだ、もうそんな時間……?」
「……君のそれは聞き飽きたぞ。いい加減、定時になったら仕事の手を止めてくれ。俺の汁物が冷めたぞ」
「うっ……、先に食べていいっていつも言ってるのに……」
「そうだな、俺は夕餉までに切り上げるといつも聞かされている」
「くぅ……っ」
俺の言葉に悔しそうにしつつも、キーボードへと戻りたそうにしている彼女の指を絡めて引き留める。
で、いつ終わるのだという目を向けると、もぞもぞと指が動いた。
「こ、このメールを返信したら終わるから……っ」
「本当だな」
「本当デス……っ!」
「いいだろう、見張っていよう」
「ひっ……」
これが終わりだと言ってずるずる仕事を続ける姿を何度も見せられた。
俺は彼女の後ろに引っ付いたまま腰を下ろし、両腕を薄い腹にまわす。丸い肩に顎を乗せ、彼女がそうしているようにメール画面を見た。
「ほら、はやく」
「……っ、み、耳元で喋らないで……っ」
「約束を破った罰だ。はやく終わらせるんだ」
「う、うう……」
彼女はぎこちなくメールの返信を打ち始めたが、まったくこんな時間まで業務を続けて俺の主を引き留めるやつはどこのどいつだ、とむっすりしつつも、腕に抱いた自分の主もそれらと変わらんなと思い直す。
審神者には審神者の業務があるだろうと今まで許してきたが、こうも連日夕餉に遅れるのなら、明日からは多少手荒になろうとも定時でやめさせよう。
「おい、こら」
「やっ……」
送信のアイコンを押したというのに、俺が黙っているのをいいことに未読メッセージへと手をつけようとした彼女の耳を齧る。
「終わったのだろう、もうやめなさい」
「こ、これだけ……っ、これだけ確認させて……」
「明日確認しても変わらん。明日にしなさい」
柔らかい頬に自分の頬を擦り付け、小さな顎を取って口付ける。
頬よりもうんとやわい唇をあむ、と噛んで離せば、頬を染めた主が俺を見る。
少しだけ顎を引き、やや上目で見詰められると、もっとしていいのかと勘違いしそうになる。
「俺は腹が減っている。はやく夕餉が食べたい。……まあ、ここで夕餉に代わるものを君が提供してくれるのなら考え直してやらんことも……」
「わっ、わー! お腹すいたねー! よーし、夕飯を、食べに行こう!」
「…………」
わざとらしく、拳を握った片腕を上げてみせた彼女に心の中で舌打ちし、再度顎をすくいあげて口付ける。
「んっ、んぅ」
桜色の唇を素早く奪い、口付けと共に唇を甘噛みし続けた。頬を染める彼女を薄目で眺めると、空腹がいくらか和らいだ。
このまま食べ続けてもいい。
きっと腹が膨れる。
しかし、まあ、彼女が可哀想だろう。
「……仕事は定時までだ。これに懲りたら明日からは気を付けることだな」
濡れた唇を親指で拭ってやれば、細い睫毛を震わせて目をそらされた。この恥じらう顔がたまらない。ずっと追い掛けたくなる。
「も、もう、困らせないで……」
「何を言っている。困らせているんだ。そうしないと君はずっと仕事ばかりで俺を思い出してくれぬだろう?」
「わ、わかったから……、ご飯、ご飯食べにいこ……?」
腹にまわした腕に力を込めれば、彼女が苦しそうに身を捩った。少し体を傾けて逃げる彼女に胸を押し付ける。
俺の言葉が冗談だと思われているのが悔しい。
君が俺だけを見詰めてくれるのなら、一週間飲まず食わずでも構わないのだがな。
しかし、俺のこの気持ちは一生伝わらないのだろう。憎い小娘だ。


―19:30―

少しばかりぐったりとした主を引き連れ、広間に戻る。
広間は既に何人か居なくなっており、俺達が戻るなり、歌仙兼定が顔を出す。
彼も食事を終えて、他の厨当番と片付けに取り掛かっていたのだろう。手を拭いながら声をかけてくれた。
「ああ、やっときた。もう一度温め直した方がいいかと思っていたところだよ」
「すまない、主にもきつく叱ったところだ」
「それは……、ご苦労さま」
歌仙兼定は俺というよりも、俺に連れられた主に対して微苦笑を浮かべた。


―19:35―

「お、美味しい……、焼き茄子が体にしみる……っ」
主は一口頬張るたびに歓喜に震えていた。
「出来立てはもっと美味しかったんだけど」
厨当番であった歌仙兼定はそんな彼女をやれやれと眺めていたが、自分が作ったものにここまで喜んでもらえるのだ。その顔は実に穏やかだった。
「デザートに梅酒のゼリーを作ってあるけど、食べるかい?」
「か、神か……。あ、神様だった……、頂きます……」
「うん、用意してこよう。君も、食べるだろう?」
「ああ、頂こう」
「持ってくるよ」
歌仙兼定はそう言って厨へと戻って行った。
夕餉より少し遅れた時間。広間の端で二人並んで食べる俺達は最早見慣れた光景で、皆は好きに広間を出て行ったり、残って談笑を楽しんでいた。
俺は誰も見ていないのをいいことに、自分の皿から焼き茄子を二切れほど彼女の皿へと移した。
「え……っ」
「焼き茄子、好物であっただろう?」
こっそりと微笑めば、彼女は何度か瞬きを繰り返したあと、俺に満面の笑みを見せてくれた。
「うん、大好きっ」
「………………」
……俺も君が好きだと叫びたい。


―20:00―

食事を終えた後、主は風呂へと向かう。
俺はその間に明日の出陣と内番の確認を済ませる。
当番表に名札を掛けていれば、それを見た太郎太刀が手伝ってくれた。
ちょうど広間でいびきをかいて横になっている次郎太刀を回収しに行く途中だったらしい。
名札掛けを終えると、太郎太刀は広間で転がっている次郎太刀を揺すり起こすのかと思えば、米俵のように肩にかついで行ってしまった。
色んな兄弟がいるものだ。


―20:30―

兄者と風呂に入る。
ちなみにちゃんと女湯と男湯がある。
ラッキースケベみたいなことは起きない。


―21:10―

風呂からあがれば、広間で短刀達がトランプをして遊んでいた。
ババ抜きをしているらしい。
今から二回戦目を始めるらしく、兄者と共に誘われたが、俺は主と明日の朝礼の確認をしようと思っていたので遠慮しておいた。
しかし、そんな俺に博多藤四郎が眼鏡をきらりと光らせた。
「ちなみに、優勝したもんには主しゃんとの万屋デートが約束されとーばい」
混ざった。


―22:00―

博多藤四郎は手ごわかった。
眼鏡が反射してなんとなくババの絵柄が見えたのが救いだった。辛勝だった。
兄者と部屋の前で別れ、俺は主の部屋へと向かった。
先程行こうと思っていた朝礼の確認に、だ。
「君、少しいいか」
「どうぞ」
戸の前で断りを入れてはいれば、湯上りの甘い香りが鼻一杯に広がった。
部屋には羽織を肩にかけてくつろいでいる彼女がいた。
湯上りのさっぱりとした表情に、艶めいた髪がどこかちぐはぐで胸がくすぐったい。
「明日の朝礼の連絡事項だが……」
あまりじろじろと見ないよう、すぐに視線を外して明日の確認を行う。
朝礼で伝える連絡事項と、明日の出陣部隊、任務内容を確認して、他に追加はないかを聞く。
さら、と細い髪が肩から滑り落ちた音を聞いてこっそりと顔を上げる。
文机の前に座った彼女は俺の話した内容に抜けがないかと資料の紙をめくっていた。
細い指先が紙をめくる音よりも、彼女の髪が滑り落ちた音の方がよく聞こえてしまう。
きっと、湯上がりの甘い匂いに酔わされているのだ。
凛とした横顔から男を擽る匂いを漂わせる彼女に俺は落ち着けと小さく深呼吸するも、逆にその香りを胸いっぱいに吸ってしまい眉を寄せる。
「……うん、ありがとう。明日はそれでよろしくお願いします」
「ああ」
文机から顔を上げた彼女にはっと引き戻されつつ、向けられた笑みに柔らかく返す。


―22:15―

「やっ……、嗅がないで……」
華奢な体を後ろから抱き寄せ、甘い匂いが濃く香る首筋へと顔を埋める。
「先からずっと甘い匂いがしていた」
艶やかな髪を鼻先で掻き分け、細い首筋に唇を寄せる。白い肌に口付け、身動く体に抱き締める腕の力を強めた。
髪の生え際に鼻を近付け、匂いを嗅げば彼女は恥ずかしそうに逃げ出そうとする。
「湯上がりの君はいつも美味そうな匂いをさせているな」
「ど、どんな匂いよ……っ」
「こんなに漂わせておいて自覚がないのか。……心配だな、風呂上がりは寄り道せず真っ直ぐ部屋に戻っていて欲しいものだ」
「も、戻っているわ。私がふらふらしてたら、皆、気が休まらないでしょ……」
毎度、彼女のこの自信の無さはどうしたものかと思う。
知らないところで主と万屋デートババ抜き大会が行われていたというのに。これでは健闘した意味がない。
「逆だ。君が風呂上がりにふらふらしていたら、皆、君に声をかけたがるだろう。君は皆に好かれているからな」
「…………」
気が休まらないだろうと皆から距離を取るようなことを言いつつも、彼女は俺の言葉に対して嬉しそうに、照れ臭そうに、小さな口を引き結んだ。
なんだ、その顔は。
可愛いのもいい加減にしろ。
「んっ」
叱るようにその唇に口付けると、腕の中の体がぴくりと震えた。なだめるように手を繋ぎ、角度を変えて口付けを重ねると、結ばれた口の中から可愛らしい声が聞こえてくる。
「ん、ん……っ」
もっと引き出すように唇を小さく吸い上げてやれば、桜色の唇はほんのり赤く染まっていく。
そっと顔を離せば、彼女から名残惜しそうな声が聞こえた。
またすぐには与えず、唇が触れるか触れないかの距離で何もせず焦らしていれば、甘えん坊な目が俺を射止めた。
きゅっ、と指先を握られた。
「ひ、膝丸も、好いてくれてる……?」
すっ………………。
好きに決まっている。
何を当たり前のことを聞いてくるのだろうか。
もしや俺は、試されているのだろうか。
彼女へ向ける愛情を。いま、ここで。
「膝丸……?」
不安そうにこちらを見上げる目に、もしや焦らされているのは彼女ではなく自分なのかもしれないと気付く。
そうか。わかった。
それは応えてやらねば可哀想な話だ。
付喪に持ち主への愛を聞くとは、随分と小賢しい真似をする小娘だ。
触れそうな唇を前に、俺は薄く笑って見せた。
「さあ、どうかな」
俺の言葉に潤んだ目を覗き込む。
ああ、ここからも甘い香りがしてきそうだ。舌を這わせればきっと、蕩けるような蜜の味がするに違いない。
「ひ、ひざまる……」
赤く熟した唇を指先でなぞる。
果実は食べ頃で、今すぐにでも噛み付きたいくらいだ。
「知りたいのなら、この唇で聞いて、触れて、暴いてみるがいい。君の好きなようにして構わない」
言えば、焦れったそうに彼女の顔が歪んだ。歪んだ顔さえ可愛いとは。
いや、俺を前に歪めるから可愛いのだろう。むず痒そうにするその顔を、嫌というほどいじめて慰めてやりたくなる。
「意地悪……っ」
ああ、今宵はいい夜だ。


―0:00―

就寝。
すやすやと腕の中で眠る彼女の頭を優しく撫でる。
あどけない寝顔と、触れる優しい体温は明日の活力だ。

さあ、明日も励むとしよう。

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