主の手は温かい。
こんなにも小さく華奢なつくりをしているのに、私を癒すこの手はひどく温かく、気持ちがいい。細い指先が私の傷跡を撫で、いつもは弟達を愛おしそうに眺めている瞳が今だけは私を見詰めている。ひどく、痛ましげに。私を心配してくれている瞳を正面から見詰め返したい。あの綺麗な目が今は私のためだけに心配そうに揺れているのかと思うと今すぐにでも開いて覗き込みたい。けれどそうするといじらしい彼女はすぐに目をそらしてしまうだろう。頬を染めて、伏し目の長い睫毛を細く震わせて。ゆえに、今日も私は目を伏せている。目が合うと、彼女の白い頬はぱっと赤く染まり、すぐに顔を背ける。それは何度も見た雅な光景。固く閉じていた花がふわりと咲いて色付いたようないとおしい光景。それをまた眺めるのもいいけれど、私は今貴女が向けている目が見たい。真正面から私を見る、その目が。


「…一期一振、ごめんなさい。」

「主…?」

「私がもっと力のある審神者だったら、貴方達にこんな負傷をさせずに済んだかもしれない。」


私の主は、審神者としての力のなさを常に嘆いている。確かに主は他方の審神者より力が劣っているかもしれない。審神者としての力が上手く安定しておらず、刀剣集めや資材集めも日々苦労している。しかし、我々はそんなことを一度も彼女のせいにしたことがない。主は審神者としてではなく、私達をまるで家族のように受け入れてくれる。戦場や遠征の指示を飛ばすだけではなく、寝食を共にし、短刀達とは時間が許す限り遊びの相手をしてくれたり、私達の話し相手になってくれたり、時には戦場の助言をして欲しいと相談にくることもある。そんな彼女に付喪神でもある私達が懐かないわけがなく、柔らかい笑みをたたえてそこに存在する主を、私達は当然のごとくお守りしている。ゆえに、彼女が審神者としての力うんぬんを悩む必要性はまったくない。何故ならば、私達は審神者としての貴女ももちろん、貴女自身にも好意を持って接しているのだから。


「主、ご心配なく。これは私の不徳の致すところ、貴女にはまったく罪のない傷です。」

「一期…、」


ただでさえおっかなびっくりといった風に触れていた指先が、言葉とともに離れていく気がして慌ててその華奢な手を取った。思わず目を開けると、少し目を丸くした主がすぐそこにいて、ああ、私の主は驚いた顔も実に愛らしいと目を細めた。


「それに、こうして私をお手入れしてくれているではないですか。」


彼女の憂いた顔、ましてや自分を思って憂いた顔も実に美しいのだろうけれど、私は彼女に心配かけまいとなるべく優しい笑顔を思い浮かべて微笑んだ。彼女は小鳥のような女性なのだ。近付けばどこかへ逃げ飛んで行ってしまう。かと思えば餌を与えれば呑気にひょこひょこと私の領域に入ってくる。
私は、常に貴女専用の鳥籠を構えているというのに。


「…でも、それも私にもっと力があれば、短い時間で手入れが済んでいるはず…。」

「私は、いつも弟達に奪われている主をこうして独り占めできて嬉しゅうございますよ。」

「………一期……。」


やっと、笑った。ああ、なんて愛らしい。
彼女は冗談を受けたように苦笑しているが、私のその言葉は混じり気のない本音だ。大事な弟達が主と遊んでいるのを見ていて、微かな嫉妬心を覚えたのはいつからだろう。わからない。気付いたら胸の奥底がちりちりと火傷を負っていた。そこに自分も加わっていないと除け者にされたようで、弟達にも、彼女にも嫉妬していた。存外、自分は欲張りで我儘な性格をしているのかもしれない。前の主の影響だろうか。―いや、元々だ。


「皆はそのままでいいって言ってくれるけど、でもやっぱり力不足は否めないわ!私、もっと頑張らなくちゃね!」


暗い表情を打ち捨て、今度は明るく笑った彼女に微笑み返した。小さな手で拳を作ってやる気満々といった姿を見せた主は、しばしそのまま固まった後、おずおずと頬を染めて私をちらりと見上げて目をそらした。


「あ、あの…、いちご…?」

「…はい。」

「……て……、……てを…、そろそろ……。」


言われて、自分が彼女の手を握りっぱなしだったのに気付く。どうりで、手中に柔らかく温かいものがあって指を開きたくないわけだ。


「ああ、すみません。」

「う、ううんっ。」

「……………。」

「……………。」

「……………。」

「…………いちご…?」


主に放せと言われた手をしばらくぎゅっと握ったままそのままにしていると、主がどうしたの?とばかりに少し頬を染めて小首を傾げた。可愛いです、主。そんな無防備な顔をほいほい見せるから、私という悪い付喪神に懸想されるのですよ。貴女はそうやって、自分の元に来てくれた刀剣に全面の信頼を置いていますが、神が人に恋慕の情を抱いた時が一番厄介だというのを理解していない。いざとなれば貴女の真名を探って現世に戻れなくさせてここに閉じ込めることも私達には可能なのです。弟達も貴女を慕っている。私に協力的になるものもいるでしょう。


「一つ、神気を高める方法を知っています。」


貴女の気を引くために、私は簡単に嘘をつけるようになりました。
弟の前ではそんなことできないので、貴女の前だけです。


「…っ、ほんとう?」

「はい。ただ…、その…、この方法はあまり…、」

「一期一振、お願い、教えて。私にできることなら、なんでもする。」


勿体付けたように目をそらせば、好奇心と正義感の強い貴女はますますその方法を知りたくなる。私の膝の前に手をついて距離を詰めた貴女に、私は心の中でほくそ笑む。
彼女の細い指と指の間に自分の指を入れ、翼を広げて逃げられないように捕まえる。いざとなれば折ることも容易いだろう腰を抱き寄せ、ぐっと距離を縮めた。


「私の唇から直接、主の唇に神気を送るのです。私達は主から気の供給を得ています。しかし主から私へと落ちた気は私の神気と混ざり合い、より純度の高いものとなります。それを主に分け与えれば…。」


ふっくらとした桜色の唇にゆったりと目を落とせば、それだけでも主はぴくりと震えた。
ああ、私の可愛いひと。どうか怯えないでください。


「どうしますか、主。」


怯えたら、怯えられた分だけ、貴女の羽を毟り取りたくなる。

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