召しませ もち膝

手のひらサイズの、ぽってり、ころんとした愛らしいフォルム。
可愛らしくデフォルメされているというのに、きゅっと上がった眉と眦は健在で、それはふてぶてしそうに審神者を見ていた。今にも「ふんっ」と鼻を鳴らしそうな顔をしているというのにそんな表情がまた可愛くて、審神者はぬいぐるみ相手についついキスをする。唇を押し当てられたそれは審神者の手のひらでころんと体を傾け、またころんと手の上に転がった。


「ふふ、可愛いなぁ。もち膝」


ぬいぐるみの正体はもち膝。その名の通り、お餅のようなフォルムでデフォルメされた、膝丸に似せたぬいぐるみだ。大きさは審神者の手のひらに収まるくらいに小さく、とてもじゃないが膝丸を模して作った……とは言えないのだが、利かん気そうな表情はよく真似られている。


「ぬいぐるみに興味はなかったけれど、手にしてみるとやっぱり愛着がわくなぁ。買って良かった」


そう満足そうに微笑む審神者は、珍しく実家に帰省していた。
実家といっても、一人暮らしのアパートに戻っているだけの、本部から有休を消化しなさいと命じられ、渋々取った有休休暇だ。
しかしアパートに戻ってみれば、そういえばこちらに戻ったらやろうと思っていたことを次々に思い出し、審神者はそれに追われるようにしてこちらでの有休を過ごした。
そして数日も過ごせば、やろうと思っていた事は一通り片付き、一人落ち着く時間が生まれる。……となると思い出すのは、本丸を離れる際、寂しそうに見送ってくれた刀剣達で。いつも大所帯で過ごしていただけあって、する事が無くなると途端に一人の寂しさが審神者を襲った。
――そして手にしたのが、このぬいぐるみということだ。


「この膝丸を本丸に持ち帰ったら、膝丸どんな顔するんだろう」


おそらく、未知の生物に対面したかのように顔を顰めるのだろう。一寸の狂いもなく整ったあの顔が、くしゃりと歪むのを想像して審神者は一人笑ってしまう。
まるでその笑みに同調したかのように、キッチンからしゅんしゅんとケトルが鳴った。


「いけない、お湯を沸かしていたんだった」


ぬいぐるみの可愛さに気がそれてしまったが、買ってきたケーキと共に温かい飲み物を飲もうと湯を沸かしていたのだ。買ってきたケーキは食べる目的が第一であったが、実はぬいぐるみと写真を撮りたいという気持ちも込めて買ってきたものだ。
審神者友達がぬいぐるみと共に色んなところに出掛けては、出掛け先の風景や美味しそうなものと一緒に写真を撮っていた意味がここにきてやっとわかった。これだけ可愛ければ思い出に撮りたくもなる。
審神者は冷蔵庫からケーキが入っている白い箱を取り出し、お気に入りのお皿とカップを取り出し、ぬいぐるみと一緒に写真を撮るのだと胸をわくわくさせた。可愛いに可愛いを重ねたら物凄く可愛いに決まっている! そう火を止め、カップに湯を注ごうとケトルに手をかける。


「……熱っ!」


浮かれ気分で手を伸ばせば、持ち手以外のところに指が触れてしまった。すぐにつんと滲みるような痺れが指に走り、やってしまったと顔を顰めては赤くなった場所を擦った。


「――まったく、変なものに気を取られるからだ」


擦った手に、自分のものではない、大きく骨張った手が触れた。
長い指は審神者の赤くなった場所に触れてはその指を取り、後ろから口付ける。審神者の手が後ろへと引っ張られ、形のいい唇がそっと触れた。薄緑の髪が指にかかる。


「ひ……、膝丸……!?」


火傷した審神者の指をちゅ、と吸い上げたのはここに居るはずのない膝丸だった。
思わず目を丸くさせた審神者だが、膝丸の方はまるで最初からここにいたとばかりに審神者の指を吸っている。そしてもうひと吸いとばかりに僅かに口が開いたのを見て、審神者は慌てて取られた手を引き戻した。


「ちょっ……、な、なにして……、え、ど、どこから……!? いつから……!?」


刀剣男士達は全員本丸に残しているはずなのに。そう審神者が背後に立つ膝丸へと振り返れば、膝丸はおかしなことをいう、とばかりに小首を傾げた。薄緑の髪がさらりと流れる。


「君が呼んだのだろう。俺を、今しがた」

「……へ…………?」


一体何の話だと瞬きを繰り返せば、膝丸が肩を竦めては先程審神者が腰を下ろしていた場所へと目を向ける。そこにはころん、と腹を見せて転がるぬいぐるみが残されていた。
まさか……と審神者は膝丸を見上げる。


「君があれを膝丸と呼べば、あれは膝丸となり俺となる。……まあ、あんなちんちくりんな物体を俺と呼ぶことに関してはよくよく話し合いたいところだが」

「そんな……そんなことが……」


ありない、信じられない、と審神者は首を横に振るが、嘘でも何でもないぞとばかりに膝丸が審神者を挟んでシンクに手をついた。


「さて、火傷の処置もしてやりたいところだが、その前にあの人形へと口付けたことに関して俺は君に問いたいのだが」

「えっ」

「君は俺との口付けはいつも受け身なのに、あんな人形へはするのだな」


ひやり、と細められた目に審神者は「……ひっ」と声を上げた。
一体、いつからあれを膝丸と呼んでしまっていたのやら。さっと青ざめる審神者の顎を膝丸がすくい取る。ぬいぐるみと同じ髪、同じ目をした男が審神者を見下ろしていた。
……誰だ、あの可愛らしいぬいぐるみをこんな恐ろしい男と同じ名で呼んでしまったのは。


「あれにしていたように、俺にもしてくれないか。なあ、君」


その後、せっかく買ってきたケーキはどろどろに溶けてしまうのであった……。

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