見つけた
「はぁ……っ、ふぅ」
息を殺せ。声を漏らすな。物音をたてるな。
隠れた押し入れの中で肩を震わせ、口を両手で覆った審神者は近付いてくる足音に耳を澄ます。ゆったりとした足音が二人分……、いや、二振分。近付いてくる。
絶対に見付かってはいけないと息を止めるも、見付かってしまったらという恐怖から奥歯ががちがちと鳴ってしまう。音が零れないよう両手で口を押さえつけるも、その手さえも震えてきちんと覆い切れているのかがわからない。
どうか過ぎ去ってくれ。ここに気付かず、どうか、どうか。
「うーん、主いないなぁ」
「そうだな。外に出てしまったのだろうか」
「えぇ? あの足で? 随分と痛そうだったけど……」
隠れた押し入れの外から男の声が二つ。一つは足を心配しつつもどこかのんびりとした声で、もう一つは先程のものとは対照的に澄んだ声ではきはきと話していたが、のんびりと話す相手へ随分と困った声音で返していた。
「兄者が裸足の主を追いかけ回すからであろう。あれは俺達と違って手入れですぐ直るわけではないのだから加減をしてくれ」
「ふふ、だって可愛かったんだもん。泣きながら逃げる主」
まるでお気に入りの猫を追い掛け回したかのように話す声に、審神者の心臓は今しがた走って逃げていたかのように早鐘を打つ。うるさいくらいに鳴る心臓の音と共に、包帯が巻かれた自身の足もじくじくと痛み出す。先の尖った枝もごつごつとした大きな石も構わず踏んで走り回った足裏は血だらけだった。その後処置はしてもらったものの、ここに隠れるまでまた走り回っていたので巻いてもらった包帯はぐしゃぐしゃになってしまっている。逃げても逃げても追いつかれるあの恐怖を思い出しては涙が勝手に溢れる。顔を膝に埋め、どうか早く過ぎ去ってくれと体を小さくして膝を抱えた。
「……違うところを探してみようか」
「そうだな。あちらはまだ探していなかったな」
「そうだねえ」
声が、足音が遠ざかる。
離れていく気配に審神者はそっと顔を上げ、涙を残しつつ耳を澄ます。二振の声と足音が聞こえない。ここに気付かず立ち去ってくれたのだろうか。先よりも勢いが治まった心臓に手をあてながら、審神者は押し入れの戸を少しだけ開ける。
「――見つけた」
見えたのは梔子色の目。
外の光が飛び込んできたのかと思いもしたが、にっこりと細められた目に審神者は悲鳴をあげる。
「惜しかったね。上手く隠れたつもりだっただろうけど、畳に血の跡がついてたよ」
「……っ」
少しだけ開けた押し入れの隙間に髭切の指が入り、大きく開けられる。すぐに髭切の手が審神者を捕まえ、押し入れの中から引きずり出しては縮こまる体を抱きかかえた。
「悪い子。怪我をしているのに逃げるなんて」
悪化したらどうするんだい、と固まる審神者の背中をさすった髭切だが、悪化も何も怪我の元は逃げる審神者を追い掛けるようにした髭切だ。もっと言えば、『こんなところ』へ連れてきた二振のせいだ。
「足を見せろ。……ああ、可哀想に。新しい血が流れているではないか」
髭切に抱えられたと思えば、足の方を膝丸の手がすくう。足首に触れた手に思わず体がびくんと跳ねるも、抱える腕も足を取る手もびくともしない。
「ひ、ぅっ……!」
すぐに足裏に生温かく柔らかいものが這い、それが膝丸の舌だと理解するのには時間がかからなかった。なんせ処置をされた時も同じようにされたからだ。嫌だやめろと泣き叫んでも二振は審神者を抱く力を弱めなかった。
「い、いやぁ……っ」
「駄目だよ、主。また逃げて足がひどくなったらどうするの。せっかく綺麗な足なんだから」
大人しくしなさい、と髭切が頬に落ちる涙を舌で拭う。上も下もべろべろと拭われ、拭われているはずなのに何かを塗りたくられているような気分だった。痛かった、怖かった、嫌だった、――悲しかった。
「泣かないで、主。今度はすぐに見付けてあげる」
「逃げないようにした方が早いのでは?」
「駄目だよ。別に閉じ込めているわけじゃないんだから」
これの、どこが閉じ込めていないと?
浮かぶ言葉も声にならず、審神者はただただ涙を流した。そんな審神者へと髭切の指が首を撫でる。一瞬、とうとう首でも絞められるのかと思ったが、その指は違うものを審神者へと結んではそっと離れた。りん、と鈴を鳴らして。
「ほら、見て、主。主の首に鈴をつけたよ」
それは赤いリボンに結ばれた、小さな鈴。
鈍く光るそれは金色というよりも梔子色で、その色に審神者はもう逃げられないのだと悟ってまた涙を流した。
ぽろぽろと落ちていく涙に髭切は首を傾げ、膝丸は舐めていた足から顔を上げる。その顔はどうして審神者が泣いているのかわからないといった顔で瞬きを繰り返していた。
「君は……、俺達が用意した俺達だけの本丸の、何が不満なんだ?」
ここは髭切と膝丸と審神者だけしか存在しない本丸。永遠の世界。
『このまま三人でずっと仲良く暮らしていたいね』
そう口にした審神者の言葉を優しい二振が具現化した世界。