渡殿で会いましょう

建物と建物を繋ぐ渡殿からはよく手入れされた庭を眺めることができる。
春は梅、夏は百日紅、秋は菊と紅葉に冬は雪。
季節を彩る花や草木も美しいのだが、この渡殿も随分と美しいと審神者は思っていた。
真っ直ぐと伸びる床板は短刀達が当番制で床拭きを欠かさずしており、顔が映るのではないかというほどに綺麗に磨かれている。もちろん、床板はささくれて刺が立つこともなく、足を滑らせるように歩けばそのままつるりと滑りそうになったことも多々ある。
その度、膝丸に腰を支えられては「君は摺り足で歩かずきちんと足を上げて歩きなさい」と注意されてしまう。
しかし三日月や歌仙が音もなくするすると足を滑らせて移動するのを見ると実に優雅で真似てみたくなるものだ。
膝ほどまでしかない高欄は庭を遠くまで眺められるように造られており、庭を背景にしては渡殿を歩く者を美しく魅せる。


「あ……」


そう、ちょうど今、膝丸がそこに佇んでは一枚の絵になるかのように。

(綺麗……)

渡殿の中程で足を止めては庭を眺める膝丸がそこにいた。
細身の黒袴に丈の短い上着は彼の長い足を更に長く見せていた。刀を扱う肩は厚く逞しく、広い背中から引き締まった腰の線は女から見ても羨ましい。
右頬にかかる薄緑の髪は白に近くも淡い緑を忘れない。白緑の髪はその奥の梔子色を隠し、見えそうで見えないそれに審神者はついその色を探してしまう。
膝丸の後ろにはよく整えられた庭木が繁っており、審神者がそこに立てば背景に負ける、もしくは邪魔だと言われんばかりなのだが、膝丸が立つとその凛々しくも美しい存在感で場が引き締まり、渡殿の柱が額縁として一枚の絵が完成してしまう。
ただ立っているだけで絵になる膝丸の姿に審神者は見惚れていた。
叶うのなら飽きるまで眺めていたい。いや、この美しい一枚はどんなに眺めても飽きることはないだろう。
どうか、どうかこの一時が一生でありますように。
そんな愚かな願いを胸に秘めながら、渡殿に佇む膝丸を眺める。
すると、白緑に隠された梔子がこちらに向けられた。


「――っ」


そこからここまで随分と距離があるというのに、真っ直ぐと見詰められた目に審神者は息を飲み、踵を返して身を隠した。

(…………な、なんで隠れてしまったのだろう)

遣戸に背を押し当て、息を詰める。
膝丸を盗み見ていたことに気付かれた気まずさから咄嗟に身を隠してしまったが、その前にばっちり膝丸と目が合っている。
今更隠れても意味などないというのに、何故か本能的に隠れてしまった。これでは視線に気付いた膝丸は不思議に、いや不快に感じたかもしれない。

(でも、びっくりした……。あんなに離れてたのに、それでも気付いちゃうんだもの)

盗み見ていたことが知られてしまったのは仕方がない。事実だ。
戻って不躾に見ていたことをきちんと白状し、隠れてしまったことを謝ろう。
そう審神者が遣戸から背を離した時だった。


「――何故逃げる」

「っ!」


とん、と審神者の顔の横に手が置かれた。
見ると、黒い上着を纏った腕が審神者の進行方向を遮るよう伸び、行く手を阻んでいた。
まさか向かおうとしていた相手に道を塞がられると思わなかった審神者は驚きのあまり声を無くす。確か最後に見た彼の位置は遠く離れていたはずだが。


「ひ、膝丸……」

「今、何故逃げた」

「い、いや、逃げたつもりは……」

「逃げたであろう。俺と目が合い、君は」


あの一瞬でここまで来れるのだろうか。いや、現にこうして審神者の目の前にいるのだから来てしまえるのだろう。
しかしどうやって、と考える審神者だが、それよりも目の前の膝丸の顔がどんどん渋いものになっている事に気付き、慌てて口を開く。


「ご、ごめんなさい。逃げたつもりはないの」

「なら、何故身を隠した」

「そ、それは…………」


貴方に見惚れていたから。
とは言えず、審神者は膝丸の目から逃げるように視線をそらす。
ますます眉根を寄せた膝丸は審神者へと距離を詰め、体が触れるか触れないかのところで審神者を鋭く見下ろした。
睨むようにされて、審神者は膝丸の怒気を肌で感じた。まずい。すごく怒っている。やはり盗み見るなど失礼なことをしたのはまずかった。
あそこで見掛けたのなら声をかけるなり、目が合ったのなら挨拶をするなりすべきだったのだ。
なのに自分の気まずさから隠れるようなことをしてしまい、審神者は言いにくそうに、しかししっかりと謝罪の気持ちを込めた。


「あの……、ごめんなさい……」

「俺は何故逃げたと聞いている」


謝罪が聞きたいわけではない。と、ぴしゃりと言われてしまい審神者は身を縮めた。ここまで怒られてしまったら恥も何もない。
きちんと謝罪しよう。審神者は腹の上で自分の指先をぎゅっと握っては俯いた。


「ひ、膝丸が……綺麗で……」

「………………は……?」

「わ、渡殿に立ってる膝丸が、一枚の絵みたいに綺麗で、み、見惚れてたの…………。だから、その、黙って見ていたのは申し訳無いと思ったのだけど、でも、と、とても綺麗だったから、声をかけちゃいけない気がして…………」


そうだとしても、目が合ったのに身を隠すようなことをしては失礼だ。
ごめんなさい。そう頭を下げ、審神者は膝丸の言葉を待った。
嫌われてしまうことはないだろうが、不快な思いをさせてしまったことは間違いない。誠意を込めて謝罪をし、これからの行動を改めよう。
そう審神者が頭を下げ続けていると、その小さな頭に、くっと喉を震わす音が落ちた。
一体なんだと顔を上げると、そこにはおかしそうに口元に手をあて、くつくつと喉奥で笑う膝丸がいた。


「膝丸……?」

「……いや、すまない。ふっ……、そうか」


笑うところだろうか。何かおかしな顔でもしていたのだろうか。そう審神者が首を傾げるも、笑ったことを謝った口で膝丸はまた堪えきれないとばかりに息を漏らしていた。
審神者を置いたまま笑う膝丸が一通り落ち着くと、膝丸は遣戸に置いた手を離し、それを腰にあてては首を少し傾けた。白緑の美しい髪がさらりと流れる。


「君は、俺に見惚れてたのか」


改めて、そして見惚れたその本人から直接言われると流石に居たたまれない。


「う、うん…………」


恥じて良いのやら、堪えねばならぬのか。審神者が握った指先を交互に入れ替えながら視線を外すと、膝丸が審神者の小さな頤を持ち上げては視線を合わせた。
そこには、どこか得意気な顔をした膝丸がいた。


「ならばいい。許そう」

「……う、うん……?」


審神者の謝罪を膝丸は受け入れてくれた。
受け入れてくれたがしかし、なんだろうかこのもやもやとした気持ちは。膝丸の誇らしげな顔を見れば見るほどもやもやしてしまう。


「しかし、俺に見惚れていたのなら逃げることはないだろう」

「そ、それは…………、ぬ、盗み見てたのがバレて、と、咄嗟に……」

「恥ずかしくて?」

「は、恥ずかしくて……」


顎を取られたまま逃げられぬ膝丸の尋問に審神者がどうにか逃げられないかと目を泳がす。しかし泳ぐ審神者の目を梔子色が追い掛けては捉える。


「ならば、尚更逃げることはない」

「だって…………」

「次は逃げなくていい。飽きるまで眺めるといい」

「……っ」


する、と膝丸が審神者の頬に擦り寄った。
猫がするように、匂いでもつけるかのように頬と頬が重なる。


「君に好かれるために得た顔と体だ。君はこれを存分に楽しむ権利がある」


さあ、好きなだけ眺めてくれ。
そう言わんばかりに顔を寄せられ、間近に見る梔子色の目に審神者は呼吸を忘れてしまう。いや、凄絶に美しい顔に呼吸が奪われる。
絹糸のような髪に凛々しい眉。涼しげな目は頬に影を落とすほどに長い睫毛に縁取られ、瞬きをすれば風か音を感じてしまうのではないかと思った。すっと通った鼻梁は高過ぎず低すぎず、薄い唇は緩やかな弧を描いて審神者へと微笑みを浮かべていた。

(かっ……顔が、いい………………)

膝丸の見目だけを好きになったわけではないが、視覚から得る情報量の多さに審神者の体が知らずに強張る。
固まる審神者に、どうした? と目が細まり、からかいの含まれたそれに、審神者はやっと膝丸に遊ばれていることに気付いた。


「ひっ、膝丸〜……っ!」

「どうした。気が済むまで眺めてくれていいんだぞ」

「い、いい、もう、いい……!」


頼むから離れてくれ! と膝丸の胸を押し返すも、押し付けられる方の強さが上で審神者はどんどん遣戸へと追い込まれてしまう。
このままでは遣戸が抜けて後ろに倒れてしまうのではないか、そんな心配をした時、胸を押す審神者の手が取られ、膝丸の口元へと連れていかれる。
触れた唇がひどく柔らかい。


「……どうせ見るのならこの距離で見てくれ。そうすれば、俺も君を見詰めることができる」

「……っ!!」


ふわりと綻んだ膝丸の表情に、許容の範囲を超えた審神者はしなしなと萎んではその場に座り込んでしまう。腰が抜けたような、膝が笑っているような。
膝丸はそんな審神者を嬉しそうに眺めては、また頬を擦り寄せては甘えてくるのであった。

殿


……これは余談だが、後日、自分は決して膝丸の見目だけを好いたわけではない。そこだけはどうか誤解しないで欲しいと言った審神者に膝丸が「例えば……、例えば俺のどのようなところが好きなのだ」と問われ、「え、ええっと……」と、まんまと膝丸に遊ばれる審神者を髭切が渡殿で目撃している。

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