今を君と刻む

例えば、鞄だったり、袖口のカフスボタンだったり、靴だったり。
膝丸は意外にお洒落だ。
いや、意外というのは違う。言うなら、やっぱり、だろうか。言葉遣い、仕草、身に纏う雰囲気で育ちの良さは十二分に見て取れる。普段、衣服に頓着する様子を見せないだけで彼の持っているものはやはり上等だ。なんとなしにやはりブランドものがいいのかと聞くと、「……特にこだわりはないが、自然と手に取ったものがそれだったり、気に入るものがたまたまそれだったりするな。まあ、長持ちもしてくれるからな」とピンときて選んだものがそれだったと、本物を見極める目をお持ちなのをさらりと口にされた。
そんな彼に一般庶民である私が誕生日に何をプレゼントできるだろうか。色々と考え、髭切にも相談したのだけど「僕に聞いちゃうの? いいけど……、一から君があれこれ考えてくれたと聞いたらあれは喜ぶよ、絶対」とそれは優しく微笑まれてしまった。
変に考え込んで趣味の悪いものを贈りたくない! というのが本音なのだが、髭切の言葉の意味もわかる。私はもう禿げてしまうのではないかとうんうんと考え、一生分悩みに悩み抜いて、決めた。


「これは……」

「よ、良かったら、使ってくれると、う、嬉しいなあ…………」


口から心臓が出そうだ。
誕生日を迎えた膝丸と外で食事を取り、明日はお休みなので(本当は出勤だったのだけど膝丸に「俺の誕生日に我が儘を聞いてくれるか」なんて言われて有休を取るように言われて膝丸と一足はやい週末を取ることになった)(おねだりの仕方がいちいちずるい)膝丸の部屋で、二人ソファに腰掛け、私は膝丸に誕生日プレゼントを贈った。
このプレゼントを気に入ってくれるか不安すぎて食事もお酒も正直味がしなかった(夕飯は私が選んで予約したお店だったけど、まあ膝丸が喜んで美味しいと言ってくれたので良しとする)。けれどせっかく悩んで用意したのだ。私は緊張で死にそうになりながらも、膝丸へプレゼントの腕時計を手渡した。
膝丸の手が、小さな箱から取り出した腕時計を持ち上げた。
普段、膝丸がつけている腕時計に比べるとほっそりとしたデザインのものだ。色合いも淡く、どちらかというと膝丸より髭切が似合いそうな、女性が好みそうなデザインの腕時計だ。いやきちんと膝丸の手首につけられるものを選んだし、ばっちり男性ラインのものだ。私はその中で、あえて女性的なものを選んだのだ。
案の定、膝丸も腕時計と私を見比べ、その意図をはかりかねていた。でしょうね、でしょうとも。私が誕生日に膝丸から男性ものの腕時計を贈られたようなものだもの。私は何か意味があるのだろうと懸命に悩んでいる膝丸の手からその時計を取り、金具を外しては膝丸の左腕を取る。
既にそこにある、膝丸の骨張った手首に似合う上等そうな腕時計をそっと外し、畏れながらも自分が贈った腕時計をつけ直す。


「こ、これは、虫除け、です…………」


膝丸の手に時計をつけながら私はその腕時計の意味を口にした。最後は掠れるくらい声が小さくなってしまったが、大事なところはちゃんと届いたであろう。
私が細身の腕時計を贈った理由、それは膝丸への虫除け、つまり女の子除け、である。
以前のままの関係なら。私が審神者で彼が刀剣男士であったのなら、主従として彼を縛るものがあった。しかしこうして現世に出てしまえば、ただの一般人である私は彼を縛る術を持たない。当たり前だ、彼はもう刀剣男士でもなんでもない、ただの一人の男性なのだから。
そんな彼を縛るなんて、虫除けだなんて、やはり気持ち悪いだろうか。というか何様という話になってしまうだろうか。膝丸の反応が怖すぎて顔が上げられない。
やっぱり考えが失礼すぎるかもしれない、と私は黙り込み、腕時計をつけるだけつけては、パッと手を離して膝丸へ背を向けた。


「な、なんてね! いつもと違う雰囲気の時計が一つくらいあってもいいかなと思って! 良かったら使ってね。わ、私、コーヒーいれてくる」


言ってしまって後悔しかない言葉を冗談だと誤魔化し、私はその場から逃げるように立ち上がった。
なんて浅慮なことを口にして贈ってしまったのだろうか、と今にも溜め息をつきそうになった。
しかしそこから立ち上がる私を、膝丸の腕が引き留めた。
私は再びソファの上にぽすんと座り直してしまい、振り向く前に後ろから膝丸の両腕が私を捕まえ、腕の中へと抱き締めた。
頬に、膝丸の頬がすり寄る。
耳元で「ありがとう」と囁かれ、今度こそ心臓が出るかと思った。


「そのような意味があるのなら、喜んで毎日つけよう」

「い、いやっ、ま、毎日だなんて、じょ、冗談だから、き、気にしないで!?」

「冗談なのか……?」


ふ、と膝丸の唇からからかいの吐息が零れ、それが触れた耳がじゅっと音をたてて溶けるかと思った。


「それは残念だ。俺が君のものだと堂々と見せびらかすものが与えられたというのに」

「も、ものだなんて……っ」


膝丸はもう一人の男の人なのだからいつまでも昔の関係にとらわれないで欲しい。自分から腕時計を贈ったにも関わらず、やはり膝丸から口にされると罪悪感が沸き上がる。慌てて膝丸の方を振り向けば、こつりと額を合わされ私は開いた口を結んでしまった。


「一人の男として生まれ、君と俺を繋ぐ絶対的なものがなくて物足りなかったくらいだ。冗談だと言うな」


そう言って膝丸は左腕にある腕時計をそっと指先で撫でては唇を寄せ、小さな音をたてて口付けた。
それがまるで、私に口付けているようで、それを第三者目線で見せられたような気がして私は言葉をなくした。
だって、だってだって、膝丸が私の目をしっかりと見詰めてするのものだから。


「あ…………、う、うぅ……」


膝丸は嬉しそうに目を細め、贈った腕時計を何度も撫でる。時折私を見詰め、まるで世界に一つしかない宝物に触れるかのように。
私が両手で顔を覆い、「もうやめてぇ……」と漏らしたのは言うまでもない。

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