行ってきますの口付けを頂戴

「んっ、……ふ、ぁ」


啄むような口付けが角度を変えて繰り返される。逃れようとしても腰にまわった腕が許してくれず、審神者は酸素を求めて無理矢理顔を反らした。なお触れようとした髭切の唇が口端を掠める。


「……ふふ、もう降参?」

「ち、ちが……、そうじゃなくて、もう、行かなきゃ……髭切も出陣でしょう……?」


執務室の中でこんなことをしている場合ではない。そろそろ出陣の集合時間になるであろうし、このまま髭切を許していたら心配した誰かがこの部屋を訪れてきそうだ。そう髭切の胸を押し返すも、その手ごと押し潰されるように壁へと追い詰められる。


「ねえ、あともう少しだけ……。いいでしょう?」


猫が尻尾を絡めて足元にすり寄るように、髭切の頬が審神者の頬を擦る。頬が触れただけというのにそこからぞくぞくと体が疼いた。


「……っ」


思わず審神者の口からあらぬ声が出掛けた時。


「――駄目に決まっている。もう出陣時刻だぞ、兄者」


審神者と髭切の二人だけだった執務室の戸が開かれ、呆れた表情を浮かべる膝丸がそこに立っていた。髭切は膝丸の姿を見るなり不満げに唇を尖らせた。


「もう……、少しくらい待てないの?」

「待てん」


髭切の言葉に膝丸が短く返し、髭切の腕の中で蕩けかけている審神者の腰に膝丸の腕がまわる。膝丸は審神者の崩れた体をぐっと引き上げた。しっかりしろ、と言われているようで審神者は髭切とよろしくしていた場面を見られた恥ずかしさもあり、慌てて立ち直ろうとした。
しかしそんな審神者の顔に、ふと影が落ちる。


「……っ!」


ちゅっ、と小さな音をたてて審神者の唇が音をたてた。いや、膝丸の唇からだったのだろうか。目の前にある膝丸の薄く形のいい唇に審神者が釘付けになっていると、すぐ側にいる髭切が眉を寄せる。


「ちょっと、僕がしてたのに」

「抜け駆けはしない約束だ、兄者」


これは抜け駆け分だ、と言いながら膝丸が審神者の顎を人差し指と中指でくいっと持ち上げ、口付ける。


「ん、んんっ……!」


押しあてた唇が、審神者の柔らかい唇に押し返されるのを楽しむように何度か口付けられる。最後は審神者の上唇を悪戯に噛んでは離し、膝丸が目を細める。


「……ふ、俺の唇でも君を蕩けさせることができるようだ」


濡れた唇を指で拭われ、顔が蕩けているぞと指摘されたようで審神者は頬を赤く染めた。


「可愛い、弟の口付けで真っ赤になってる。でも悔しいなあ、先まで僕のでも気持ち良さそうにしてたのに。なんだか美味しいところ取られた気分」


残念そうにも、拗ねたようにも口にした髭切に、膝丸が小首を傾げる。さらりと白緑の前髪が揺れた。


「ん? まだ美味しいんじゃないか?」


ほら、と撫でた親指が審神者の唇を優しく押しては少しだけ口の中へと入ろうとする。ただ唇に触れられただけなのにも関わらず、弱々しく震えた審神者に髭切が口元だけの笑みを浮かべる。


「本当だ。美味しそう……」

「ああ、これはいつでも美味いが、今は特に甘そうだ」

「ま、待って、二人とも……出陣が……」


押し寄せてくる逞しい胸と胸に審神者が怯えたように身を縮こまらせるも、髭切の手が、膝丸の腕が、緊張をほぐすように審神者の顔に、体に触れてくる。


「ああ、出陣時刻が近いな。なら、君はどうすべきか、わかるな?」

「わ、わかんないよ……っ」

「本当に? こんなに甘い匂いをさせといて」


審神者の片耳に髭切の唇が、もう片耳に膝丸の唇が触れる。
同時に、二振りが唇を舐めた音が聞こえた。


「大丈夫、すぐ終わる」


そう言ったのは、髭切か、膝丸か。


行ってきますの口付けを頂戴

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