マ!

隣の部署の燭台切光忠さんはすごく綺麗な顔をしている。
それはもうイケメンなんて安い言葉では表現しきれないほどの美しさなのだ。
初めて彼を見掛けた時は、おいおい神が作りしものが普通に息して歩いてんぞ……って失礼なくらいじっと見詰めてしまって、そうしたら私の視線に気付いた燭台切さんが同じくじっと見詰めてきて、しまった見詰めすぎた! って私は慌てたのだけど、燭台切さんは気分を悪くしたわけでもなく、ニコッと私に笑いかけてくれたのだ。
……はーっ! 美人って心も美人なんだなー! と感動したものです。
そう、燭台切光忠さんは美人なだけでなく心も美人なのです。
私が外回りから帰ってきたら他部署にも関わらず「おかえり」って声を掛けてくれるし、コピー用紙(五百枚入)四冊を倉庫から運んでいるとすぐに運ぶの代わってくれて「女の子に重たいもの持たせるなんて」ってちょっと男性社員を怒ってくれるのだ。もっと言うと、この間なんてお仕事終わってすぐ帰ろうとする私を予定も何もない女なんだと不憫に思ってくれたのか「今度、食事に誘ってもいいかな」と言ってくれて、なんて優しい人なんだ、とすぺしゃる感激しました。
美人は社交辞令もスマートだなぁ!


「食事。いつがいいかな」


それは私が眠気覚ましのコーヒーを自販機で買っていた時だ。
恥ずかしながらコーヒーは昔から苦くて得意ではないのだけど(許されるのならココア飲みたい)いい加減いい大人なのだしコーヒーの一杯や二杯カッと飲んでカッと仕事終わらせたいよね! それに眠気覚ましにこの苦さがちょうどいいのだ、なんて変な理由でコーヒーを自販機から取り出した時に言われた。
なんか視界が急に暗くなったと思ったら目の前に足があって、はて誰の足だとゆっくりスクロールしたら、もうとっくにお腹にいってもいいところも足で、まだスクロールしても足が続いてて、おいおいこの人の体ほぼ足だけど大丈夫? って顔を上げたら燭台切光忠さんだった。


「燭台切光忠さん!」

「えっ、フルネームなの……!?」

「燭台切さん!」


お名前が珍しいのでついフルネームで名前を心のなかで呼び続けていたらついつい現実でもフルネームで応えてしまった。
燭台切光忠さんは「しょ、燭台切さんか……うん、まぁ、そうだよね」と少し残念そうに一人ごちていたけど、私が首を傾げると「なんでもない」と苦笑を浮かべていた。


「で、ご飯。いつ行こうか」

「ごはん……?」

「ひどいな、忘れたの?」


残念そうに笑った燭台切光忠さんに私は「ごはん」とは何のプロジェクトの件だ……と頭のスケジュール帳をぺらららららっと捲ったのだが元々ページ数のないスケジュール帳はすぐに終わりのページに行きつき、そこで私はやっとそれに気付く。


「えっ! 社交辞令じゃなかったんですか!」

「社交辞令だと思われてたの……!」


今度はショックを受けたように驚いた燭台切光忠さん。
美人はどんな表情でもデッサンが崩れないんだな! と感心したのだけど、どうやらのんびり感心している場合じゃなさそうだ。


「てっきりそうだと思ってました……。神の優しさかと……」

「紙……?」

「あ、いえ、なんでもないです忘れてください」


だってありえない。あの燭台切光忠だぞ?
顔だけでなくスタイルも業績もいい神の子だぞ?
こんなことがありえていいのか。ドッキリなんじゃないか。これは燭台切光忠さんに誘われてワンワン犬のように尻尾振りながらついていけば、テッテレーという軽快なBGMとともに「ドッキリ」と書かれた看板を持った人が現れてくれるやつ。現れてくれるのならいっそ今の時点で来て欲しい。


「駄目、かな……?」

「……?」


さらり、と少し長めの前髪を揺らして燭台切光忠さんは私に首を傾げた。
Dame cana ? あまりの顔の良さに急に外語喋りだしたこの人……ってなったけど、思いっきり日本語だったわ。
数秒遅れて私は首を横に振った。


「と、トンデモナイ! えっ、まっ……マ!?」


マジで言っているのですか? と言いたかったのだけどあまりの動揺にマしか言えなかったです。
燭台切光忠さんはそんな私を気にした様子もなく(美人特有のスルースキルってやつですね! ありがたい!)、嬉しそうに目を細めた。


「うん。マ、だよ」


マーーーーーーーーーー!!!!!!!
美人が私を食事に誘ってるよ! 本気かよ!
ちょっとこの感動を文字にしたためたいのでTwitter開いてもいいですか! あ! 携帯デスクに起きっぱなしだ! 携帯デスクに忘れたことも含めてTwitterに書きたい!
なんて一人はわはわしてると、燭台切光忠さんは「あっ」と短く声を発しては、私の後ろにある自販機に手を伸ばす。飲み物買うのかな? と横にずれると、燭台切光忠さんはココアのボタンを押しては携帯をかざしてそれを購入した。こっ、ココアなんて可愛いもの飲むんですね! と一人感動していると、私の手元のコーヒーを取られた。えっ? と顔を上げるとそれはとてもとても綺麗な顔がそこにあって少し照れ臭そうに目元を赤くしていた。


「今週末、どうかな……って言おうとしたんだけど、ねえ、今晩はどうかな?」

「ふぁ……っ」

「だめ?」

「…………………………ダメジャナイデス……」


たっぷりの間をあけてカタコトの日本語でそう伝えると燭台切光忠さんは蜂蜜色の瞳をとろりと蕩けさせて笑った。
それから先程買ったばかりのココアと私のコーヒーを入れかえ、目を細める。


「コーヒーよりココアの方が好きでしょう? 我慢しないで好きなの飲んだ方が気分転換になるよ」


き、気分転換ではなく眠気覚ましなのだが……。と言いそうになったけど、燭台切光忠さんに話し掛けられ、なおかつ夕飯のお誘いも受けてしまえば眠気なんてどんなコーヒーよりも数百倍にキく。
きっとこのココアも、眠気覚ましに飲むコーヒーなんかよりもとんでもない刺激物に違いない。


「あ、あれ……私がココア好きなんて、なんで知って……」


隣の部署の燭台切光忠さんはすごく綺麗な顔をしている。
それはもうイケメンなんて安い言葉では表現しきれないほどの美しさなのだ。
ゆえにそんな美しい人に微笑まれたら、多少違和感のある台詞さえ聞き流してしまう私なのであった。


「ずっとキミのことを見ていたからね、なんでも知っているよ。そう、なんでもね」

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