良い子の贈り物

その夜。審神者は珍しく酒を飲み、深い眠りについていた。
自室へと忍び込んだというのに、すやすやと寝続ける審神者の寝顔に膝丸は少しの不安を覚える。
審神者の自室への警備をもう少し固めた方がいいかもしれない。このように忍び込まれたというのに寝続けるのはいかがなものだろうかと眉を寄せたが、警備も何も、ここの守りを任されているのは近侍であるこの源氏兄弟であるのだが……。
警備する者が主の部屋に忍び込むなどあってはならないことだというのに罪悪感に苛まれる膝丸とは違い、構わず審神者の寝顔を眺め続ける兄の姿に何とも言えない表情を浮かべる。


「兄者……女人の寝顔をそのように見詰めては……」

「どうして? 寝ているのだからバレやしないよ」


バレやしないも何も、審神者が深く眠るように今宵の宴で酒をすすめたのは他の誰でもない、髭切だ。あまり酒を飲まない主であったが、クリスマスの宴とあって楽しい雰囲気も手伝い二杯、三杯とつがれるままに飲んでいた。飲みやすい甘い酒を髭切がすすめていたというのもあるが。
――今宵はあの子の部屋へ忍び込んで贈り物をしよう。
今朝方、髭切にそう告げられ、膝丸は今日がクリスマスの前日だという事に気付かされる。付喪といえど、日本の神である自分達がそのように異国の文化に馴染んでしまって良いものだろうかと考えていた時期もあったが、それも二度三度と繰り返されると意識が薄まる。今年になり、ついにサンタの真似事さえ始めようというのだから、慣れとは怖いものである。


「……しかし、贈り物といったらやはり髪飾りや紅など、そういったものの方が良かったのではないか」

「何言ってるの。もちろん、それもあげるつもりだよ。朝起きたら一番に主をデートに誘おう。クリスマスは家族や大切な人と過ごすものだと聞いたから、主が僕達と過ごすのは当然だよね」

「………………」


審神者の寝顔をにこにこと見下ろしながら言う髭切に、今の言葉を本丸の皆に聞かせたら間違いなく修羅場になる……と膝丸は小さく身震いをした。まあ、いざとなれば全て振り切る自信も力も自分達にあると自負しているが。


「さ、お前もこっちへおいで。主へ贈り物を施そう」

「……ああ」


既に審神者の横に腰を下ろした髭切に促され、膝丸はその反対側へと座る。
二振りは審神者の方へと身を乗り出すように腰を浮かせ、幼い寝顔へと顔を近付ける。額にかかる前髪を指でそっと払い、髭切はその額に軽く口付ける。


「さあ、主。僕達の贈り物を受け取っておくれ」


祈るように胸の下で組まれた審神者の手を取り、膝丸は指先へと口付ける。そのまま自分の指を華奢な指と絡め、きゅっと握り込む。


「なに、君は受け取るだけでいい」


そう言って、膝丸は審神者の唇へと自分の唇を重ねた。


「――俺からは武勇を」


そっと離れた唇のあとに膝丸がそう残す。
審神者の唇がほんのりと色付き、その後に髭切の唇が続く。


「――僕からは知勇を」


柔らかい唇と唇の間に少しだけ舌先を入れ、髭切は審神者の甘い口内を味わった。まるで花弁の砂糖漬けのような甘さに、思わず舌舐めずりをしてしまう。
詠うように囁かれた言葉は触れた唇を通って審神者の体を優しく包む。僅かに二振りの気を纏った審神者に、髭切は満足そうに審神者の唇を撫でた。
形の残らない贈り物ではあるが、大事なのは髭切と膝丸が審神者に何をしたかだ。真実は他の誰でもない。自分と弟さえ知っていればそれでいい。例え証拠がないと誰かに突き付けられても、それが事実だと自分と弟が口すれば事実なのである。そう目を細めた。


「兄者」


すると、横から咎めるような目を膝丸から向けられる。鋭く呼ばれたことに髭切は目を丸くさせた。


「俺の見間違いでなければ、先程主に舌を入れたか」

「え? 入れたよ? 駄目だった?」

「…………俺は入れてない」


何を言われるかと思えば……。むっと口をへの字に曲げた膝丸に、髭切は「はいはい」と苦笑を浮かべた。
生真面目な弟は抜け駆けや不平等を好まない。いとしい審神者のこととなると尚更、牙を剥くようになった。それを髭切は兄として喜べばいいのか嗜めればいいのか。
腹を空かせた獣のように喉を唸らせる弟に髭切は手を差し伸べ、それを取った膝丸の手を引き寄せる。


「起こさないように、そっと、だよ」

「無論。サンタは寝ている間にやってくるものなのだろう」


審神者の寝ている側で二振りが横になる。審神者を挟んで二振りは審神者へと顔を近付け、そっと頬擦りをした。
まるでお気に入りの人形にそうするかのように。優しく、穏やかに、決して離さないとばかりに。


「そう、『良い子』の元に」

「ああ、『俺達の良い子』の元に」


無垢な唇が甘く吸い上げられる。溢れるほどの愛情と、独占と、執着と、ほんの少しの悪戯を混ぜ合わせて。



翌朝、審神者の目が梔子色に見えたとか見えなかったとか。

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