「やっと着いたー」


朝一からのエリア会議を終わらせ、スーツ姿の審神者がへろへろとした声で本丸へと帰ってきた。
月一で行われるエリア会議への参加は審神者とって大事な仕事の一つではあるのだが、如何せん会議が行われる場所が遠い。もちろん移転装置をフルに活用するのだが、エリア内の審神者が一同に会するため、移転先は複雑に暗号化され、一発で到着できないようになっている。
ゆえに時間に余裕をもって向かわなければならない。
エリア長も参加するため適当な格好はできないのでスーツを着込み、更に最低限のマナーとして化粧も施そうなら起床時間は朝日が顔を出す頃になってしまう。更に会議も頭から最後まで伝達と報告がぎっちりと詰まっており、前日までの準備も手抜きが許されない。そんな会議を朝一から行い、昼食の時間頃には解放されるのだが、本丸へと帰還する時刻は自然と八つ時になってしまう。

(お腹はすいたけど……それよりもすっごく眠い……)

遅めの昼食を口にする前に自室で少し仮眠を取ろう、とふらふらとした足取りで本丸の廊下を歩いた時だ。


「きゃっ」


庭に面する廊下へと出ようとした時に、何かにぶつかる。
固い何かに勢いよく体をぶつけ、そのまま弾き飛ばされるかと思えば、強い力で腕を取られた。といっても、審神者の腕を掴んだ手は優しい。


「主、すまない! 怪我はないか?」

「膝丸……!」

審神者がぶつかった相手は内番服を着た膝丸だった。
よろけた審神者の腕を優しく引き寄せ、怪我をしていないかと顔を覗き込まれる。お互い前方不注意だったというのに、心配そうに眉を下げた膝丸に審神者は苦笑する。


「ううん、大丈夫。こっちこそぶつかってごめんね。膝丸に怪我はない?」

「俺はこれくらいなんともない。それよりも主だ。主は俺よりもうんと柔くて軽いからな」

「そ、そうかな……」


体重も人並みにあるし、その分脂肪もついているから膝丸の言ったようなことはないと思うが。と首を傾げた審神者だが、そんな審神者の顔をじっと見詰めた膝丸が、そっと指先を伸ばした。膝丸の手が審神者の頬を撫でるように包む。


「顔色が悪い。やはり何処かぶつけて打ち所が……」


頬に触れた指が顎をすくうように審神者の顔を持ち上げ、膝丸の梔子色の瞳に頬を染めた審神者の顔が映る。


「ちょ、待っ……、だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

「む……。今度は赤く……」

「わ、わー! あ、え、えっと! 膝丸はどうしてここに?」


今日は畑当番じゃなかった? と膝丸の胸を押し返し、無理矢理話をそらすと、膝丸は弾かれたように顔をあげた。


「そうだ! 兄者が見当たらないのだ! 昼餉を食べてから姿を消して……」

「そうなの? どこに行っちゃったのかな」

「わからない。畑当番の仕事もあるし、そろそろ見付けたいところなのだが」

「そう……、わかった。見付けたら膝丸が探していたことを伝えるよ」

「すまない。一応、見掛けたら畑へ戻るよう伝えてくれと皆にも言っているのだが……。ひとまず、畑仕事も残っているし、俺はもう畑へ戻るとしよう」

「うん、私もこれから探すよ」


そう審神者が膝丸に微笑むと、膝丸は首を横に振った。


「いいや、主は少し休んだ方がいい。顔色が良くない」


膝丸の指が審神者の額にかかる髪をそっと横へと流した。撫でるような優しい指先と合わせ、膝丸が目を細めた。


「そういえば今日は朝からえりあ会議とやらだったのだろう? 疲れているはずだ。後で茶菓子を持って行こう。その間まで少し休んでいるといい」


そう柔らかな微笑みを残し、膝丸は畑当番へと戻っていった。
残された審神者は額に触れた膝丸の体温に再度頬を染めつつ、高鳴る胸を落ち着かせるために小さく息をついた。

(あれ素でやっているんだもんなー。……おそるべし源氏)

何度か呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した審神者は、すぐそばの部屋の戸へと手をかける。そしてその戸をすっと引き、呆れ半分、苦笑半分でその部屋の中で横になる人物の名を呼んだ。


「ひーげーきーりー」

「ありゃ、見付かった」


呼ばれた当人は審神者の声に嬉しそうに返答し、横になったままの状態で審神者へと目を向けた。


「おかえり、主。僕がここにいるの、よくわかったねぇ」

「そりゃ、貴方の主ですもの。気配でわかりますよ。というか、知っているとは思うけどキミの弟が探していたよ?」

「ふふ、可愛いよねぇ、僕の弟は」


弟が困っているところを見て喜ぶ兄の姿に審神者は肩を落とし、内番服で横になっている髭切の元へと歩み寄る。


「こら、当番あるんでしょう」

「うーん、昼餉をとったら横になりたくなっちゃって」

「自由か」


こっちは朝から会議だったというのに、と髭切の額を指先でつん、と軽く押せばまたもや髭切は「ふふ」と嬉しそうに笑った。


「主も一緒に横になろう。朝早くから出掛けて疲れているだろうに」

「私は後で横になるけど、髭切は駄目。お仕事!」

「えー」

「えー、じゃない」

「ちょっとだけだから、ほら」

「わっ、ちょっと」


髭切の傍まで寄って膝を折ると、髭切に手を取られ慌てて手をつけば、今度は腰を抱き寄せられた。
膝丸の時も思ったが、二人とも引き寄せる力は強いのに、審神者に触れる手つきはとても優しい。そんな事を考えていたら審神者は髭切と二人向き合うように横になっていた。


「主、会議お疲れ様」

「む……」


これは、反則だ。疲れた体を横にされ、なおかつ優しく頭を撫でられている。こんなもの、気持ちがいい以外のなにものでもない。
畑当番をさぼって横になる髭切を怒っていいのやら、労わってくれる髭切にお礼を言っていいのやら、複雑な表情を浮かべて眉を寄せる審神者の腰を髭切は更に抱き寄せる。髭切に触れる体の面積が増え、審神者はその腕の中で狼狽えた。


「ひ、髭切……! 近い!」

「主を労わっているんだよ、よしよし」

「…………」


今度はぽんぽんと脇と背中の付近を優しくたたかれ、まるで幼子をあやすようにされた。しかし早朝から会議に出掛け、ずっと背筋を伸ばして会議に参加していた審神者にその手は魔の手だった。


(……気持ち、良すぎる……)

「少し眠るといいよ。しばらくしたら僕が起こしてあげる」


横になった途端、審神者の体に疲れがぐっと押し寄せ、体が泥のようにとけてしまいそうになる。髭切の優しい声も手伝って審神者の目蓋がどんどんと落ちていく。


「髭切、とうばん……」

「うん、主が寝たら行くよ」

「……うん……でも、もうちょっと、ぽんぽんしてて……」

「うん、ぽんぽんしててあげる」


ぽん、ぽん、と穏やかなリズムで背中を叩かれ、審神者はすうと目蓋を閉じた。髭切は横のまま肘をついてその様子を見守り、くったりと眠る審神者の顔を優しく見詰めていた。
その内、審神者が寝入ったのを確認し、髭切は審神者の体を仰向けへと寝返らせた。自分の上着をそっと審神者の体へと掛け、小さな頭を優しく撫でた。


「おやすみ、僕の可愛い主」


そう小さく呟き、桜色に色付いた審神者の唇に自分の唇を優しく押し付ける。


「ん……」


疲れた審神者は髭切の口付けに気付かないほど寝入っており、それがまた髭切の笑みを濃くさせた。


「可愛い、よく寝てる……」


柔らかい頬を指の背でそっと撫で、もう一度審神者の唇へと顔を寄せようとしたが、部屋の先で呼び止められる。


「兄者、こんなところにいたのか」

「おや、とうとう鬼に見つかった」


部屋の戸のところに立つ膝丸を見付けて、髭切は目を細めた。膝丸はそんな髭切に溜息と一緒に肩を落とし、審神者が寝ている傍へと近寄る。


「主は寝ているのか」

「うん、よく寝ているよ」

「そうか」


小さな寝息をたてて眠る審神者の寝顔をしばらく見下ろし、膝丸も審神者の頭をゆっくりと撫で、桜色の唇へと自分のものを重ねた。


「……ありゃ、僕が主にしているのを見てお前もしたくなったのかい」

「兄者だけずるいぞ」

「ふふ、そうだね。主のここは独り占めしたくなるくらい柔くて気持ちがいいもんねぇ」


ふにふにと審神者の唇を指先でつつく髭切の手を膝丸が止める。


「主が起きてしまう」

「大丈夫だよ、主はお疲れのようだから」

「む、そうかもしれぬが」

「お前は優しいね。……いや、もしかして羨ましくなったのかい?」

「ち、違……!」

「ほらほら、しー」

「……!」


思わず声を上げかけた膝丸に髭切が人差し指を口元にあてる。幸いにも審神者は膝丸に背を向けるようにして寝返っただけで起きる様子はなく、二人はほっと息をついた。
すやすやと眠り続ける審神者に二人は顔を見合わせ、そっと微笑む。


「ねぇ、主を抱いて横になろうか」

「しかし当番が……」

「少しだけだよ、少しだけ」


ね、と促すように首を傾げた髭切に膝丸は口をもごもごとさせ、小さく頷く。


「す、少しだけだぞ、兄者。俺は当番を終わらせて主に茶菓子を用意せねばならん」

「いいね、三人でお茶にしよう」

「だから当番が終わったら、だ」


髭切が審神者と向き合うように横になったのを見て、膝丸も自分の上着を審神者の足元に掛ける。そして自分は審神者を後ろから抱くようにして薄い腹に手を添え、髭切は審神者の細い腰に手を添えた。


「もう一度口付けたら主、起きちゃうかな」

「兄者だけずるいぞ。俺も主に口付けたい」


審神者を真ん中に寝かせ、二人が審神者を抱くように寝そべる。それはまるで柔く軽い繭のような抱擁であったが、決して外部の侵入を許さないものでもあった。
髭切は審神者の頬を撫で、膝丸は審神者のうなじに唇を寄せる。


「じゃあ、一回ずつ」

「ああ、一回ずつだ」


二人は審神者から香る甘い匂いに、そっと目を細めた。

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