前髪

子供独特の細く柔らかい髪は鋏を少し入れただけでもはらりはらりと切れてしまう。誤って深く切ってしまわぬよう、薄い肌を傷付けてしまわぬよう、名前は慎重に鋏を入れながら平野の額にかかる前髪を切り揃えていた。


「はい、できた。」


切った小さい髪が目に入らぬよう化粧刷子で軽く撫でてから目を開けるようにいった。そっと目を開けた平野に手持ちの鏡を向けて、「どうかしら」と具合を聞けば大きな目がきらきらと輝き見開かれる。


「ありがとうございます…!あの、いち兄に見せてきてもよろしいですか!」

「ふふ、どうぞ。」


髪が伸びてきた、と聞いたので切り揃えるくらいしかしていないのだが、兄に見せたくなるほど喜んで頂けるとは嬉しい限りだ。落ち着いた性格の平野には珍しいぱたぱたと足音をたてて足早に廊下に出る姿を見送ると、脇に控えていた前田も膝を寄せてきた。


「主君、あの…………」

「ええ、前田も切りましょうか。」

「はいっ!」


綺麗に整えられた平野が羨ましかったのか、それとも主にお願いをするのがあれなのか、恥ずかしそうに切り出した前田に微笑み、自分の手前に座るよう促せば前田も平野同様きらきらと目を輝かせ名前の前に座った。
長い睫毛が伏せられ、切り揃えられる音を今か今かと待つような前田の表情に目を細めながら、名前はそっと鋏を持ち直した。そして触れているだけでも気持ちがいい前田の髪に指先を入れて鋏も入れようとしたのだが。


「………………………………あの、」


溜め息混じりに名前が切り出した。
そのすぐ横には、自分の手を枕に寝そべり、平野の時からじっとこちらを見つめている鶴丸の姿があった。
鶴丸は切り出されたのは自分のことかと一つ瞬きをした。だが名前の手元をじっと見詰めるのはやめない。


「なんだ。」

「なんだじゃありません。ずっとそこに居られますと気が散ります。」

「何もしてないが。」

「じっとそこに居ても散ります。」

「なら、俺は居ないものだと思えばいい。」


何を言うか。
白銀の髪に金色の瞳。純白の着物を纏い恐ろしく整った顔立ちの男がそこにいれば例え息をしているだけでも目がいくのに、じっとこちらを見続けられれば存在感などどうやって無視できるものか。


「というか、何故ここに居続けるのですか。」

「君がいるからな。」

「…………、」


また何を言い出すのやら。
かといって鶴丸にそう言われて嬉しくないわけがない名前は鶴丸に渋い顔を見せたが照れ臭い顔を前田に向けて気をそらした。


「前田の髪を切っているのです。」

「ああ、切ればいい。俺は大人しくしてるぞ。」

「……大人しくしてくれなければ困ります。」

「大丈夫だ。俺は今の君の困っている顔は好きだが、更に困ってる顔はあまり見たくないからな。安心していいぞ。」


何をどう安心していいのやら。だいたい困っている顔が好きだなんて悪趣味だ。前田の前でもあるのに。


「主君を困らせないで頂けますか。」

「何故だ。俺はまだ何もしてないぞ。」


何かする気はあるんだな、と名前と前田が冷ややかな目を向けると流石に気に障ったのか鶴丸の綺麗な顔が険しくなる。


「たまには俺が居てもいいだろう。前田はいつもベッタリなのだから。」

「近侍なので当然です。だいたい、意味もなく傍に居るわけではないのでそういう言い方はやめてください。」


優しい前田がこんなにもつんとした言い方をするのを始めてみる名前は少し目を丸くさせるのだが、どうやらそんな態度は初めてではないらしい鶴丸が唸るように顔をしかめる。何やら不穏な空気が立ち込め始めた、と名前は起因が自分であることに気付けず、一人焦る。


「あ、あの、あとでお茶をお持ちしますから、」


とりあえずここは引いて欲しい、と鶴丸に持ち掛けると、自分より前田を取ったと解釈した鶴丸が益々眉間の皺を作る。といっても、眉間の皺が一本、二本増えようが彼の美しさは変わらないのだが。(黙って大人しくしてくれればの話)


「ということです。鶴丸様、ご退室を。」


どこか勝ち誇ったかのように胸をそらす前田が可愛くも憎たらしい。名前も今は前田を優先したいらしく、小首を傾けて微苦笑をされるとここで引かない自分も格好が悪い。
鶴丸は仕方ない、とばかりに深く息をつき、やっと腰を持ち上げた。険悪な空気が晴れそうなことに名前はほっと肩をおろした。そうではないと頭でわかっていても、何やら厄介払いされたような気がして鶴丸は名前の前で身を屈めた。


「わっ、何を……!」


そして彼女の傍を決して離れぬ近侍の目を片手で覆い、きょとりとしている名前に唇を押し付けた。


「……君に触れられているあの子達が羨ましかったんだ。」


一瞬だけ見えた鶴丸の苦しそうな表情に、名前は言葉をなくした。

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