愛憎

俺は大将を殺してみたい。

主人の腹は切らない刀と言われといて何言ってんだと思われるかもしれないが、でも俺は正直、大将を殺したい。あの柔らかい肌に自分を突き立てて、ぷっつり肌が破ける感触を味わってみたい。一気に突き立てて全身に大将の血潮を味わうのもいい。大将の白い肌に真っ赤な血はきっと美しいに違いない。雪原に椿の花弁を散らすような光景だろうか。いや、きっともっと、俺が想像しているよりも鮮やかな光景に違いない。


「薬研…?」


ふと、大将に名前を呼ばれて机に肘をつき乗っけていた顔をあげた。大将の横顔をじっと見詰めていた俺の視線に気付いたのか、気恥ずかしそうにこちらを見詰めてくる目は愛くるしくてたまらない。「ずっと見詰めて、何?」と訴える目に笑って、頬に手を伸ばした。まあるい線の、柔らかい頬。


「いや、大将がずっと本を読んでるもんだから、こっち向かねぇかな、と。」


付喪は人の愛を受けて魂を宿す。愛があっての付喪。人の愛を受けて形を成したのだから、その愛を求めるのも必然だろう。俺は大将の愛が、ずっと、ずっと、欲しい。その本に向けられる視線さえも、喉から手が出る程欲しい。許されるのなら、大将の視界は、俺だけであって欲しい。ヒトも形も、風景も風すら大将に触れられて欲しくない。あれがないと大将が生きられない空気が羨ましい。
大将の一部になりたいとも思うことがある。けれど一部となってしまえば、こうして大将の肌に触れることも話し掛けることも目を合わせることもできなくなる。そう考えると俺としては大きな不満になるので、一部になる、という考えはまた次のときに考えようと思う。


「……いつも……見てマス……よ……?」

「そりゃぁ、いい。今後もよろしく頼ぜ。」


違う、違うんだ。大将が思ってるような「見てる」「見てない」じゃないんだ。俺が思うのは、そのもの。大将の全部なのだ。俺という「個体」を見ていて欲しいわけじゃない。「存在」を見ていて欲しい。俺を、俺だけを見ていて欲しい。俺以外のものは視界に入れて欲しくない。大将が映す俺以外の存在を潰してしまいたい。一つ一つ、殺していきたい。嫌なんだ、大将が俺以外のものを視界に入れるのが。大将は優しい。感情が豊かだ。だから何か些細なことでも感情を揺さぶられ、溢れさせ、表現する。それが嫌だ。それを、その姿をいとしいと感じながらも、感情を揺さぶった俺以外のそいつを、どうにかしてやりたくなる。
そして、俺以外に反応した大将が、憎くてたまらない。
こんなにも好いているのに、俺だけを見てくれないその目が。大将が好きだ。いとしいと思う。幸せにしてやりたいとも思う。でもそれ以上に憎い。俺がこんなにも愛しているのに、大将は俺以外を平気で視界に入れて、感情を向ける。大将の目と心は、俺だけでいいのに。


「これ以上薬研を追い掛けてたら、いつか薬研に穴があくよ。私、それくらいずっと見てるからね。薬研が思ってる以上に、ずーっとだよ。」

「へぇ。」


穴があくのは大将の方だ。俺は、大将が思っているよりもずっとずうっと大将を見ている。なんせ大将の全てが欲しいからな。
でも、大将は俺に全てをくれない。その拗ねたように口先を尖らす表情も、目も、心臓も。こんなにも大将だけを思っているのに何一つ預けてくれない。苦しい。大将を想うのがこんなにも苦しい。
いっそ、大将が二度と俺以外のものを目にいれないよう閉じ込めるのもいいかもしれない。でもそんな事をしてしまったら大変が悲しむのはわかってる。悲しむ大将は見たくない(いや悲しむ大将もきっととても可愛いのだろうけれど)。


(殺してしまいたい……。)


もう誰の目にも触れさせないように、俺以外を視界に入れないという俺の安心のために。
大将の肌に自分を突き立てて、大将の血を浴びて、全身を大将に染めて。


「大将、ずっと俺だけを見ててくれ。」


俺がアンタを殺してしまわぬよう。

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