無理も道理も最期の最期まで(2/4)

俺には、帰る器が無い。
大将が審神者としての役目を終え、大将は俺達と主従の縁を切った。各々、現世の自分に還るもの、転生を望むもの、神として残るもの、散りに散った。厚や乱なんかは器に戻るといっていたし、俺と同じ現存しない刀達は転生を考えていた。石切丸の旦那や太郎太刀の旦那は社があるから、とお役目を全うしている。ならば器のない俺は転生を望んだ方が良かったのだが、次に目を覚ましたのは何故か大将の現世での部屋だった。だから今もつい癖で大将のあれこれ面倒を見させてもらってはいるんだが、そうしている内に大将と一緒にいるのがついつい楽しくなって転生も望まずに現在に至るってところだ。そもそも、何かと無茶したがる大将が俺っちは心配で心配で仕方がない。


「おはよーございまーす。」

「おはよう。今日も菓子パンくわえて出勤?」

「いやもう相手方の校正がコロコロ変わって大変なんですよ。」


満員電車に吐き出されるようにして最寄駅に着いてからコンビニで適当な菓子パンを選んでそれを食べながらの出社。こんな行儀の悪いところを見たら歌仙の旦那や燭台切の旦那が発狂しそうだ。それを横目に俺は大将が座った机の横に立つ。あー、今日もFAXが山積みにされてんなぁ。
最近の俺っちは大将の会社まで付いて行ってたりする。かといって大将の仕事を助けることはできないのだが、大将の帰りを待つだけの毎日は三日そこらで飽きてしまった。


「大将、今日は朝から打ち合わせ二件終わらして14時まで会社に居た後、14時半から先方と打ち合わせ、17時にもう一つ、だよな。」

「今日私14時に出てそのまま直帰するのでー。タイムカードお願いしていいですか?」

「はーい。」


予定に変更はないようだ。
今日も頑張れよ、大将。と大将の机の脇に控えていると、大将の同僚である一人が心配そうにやってきた。


「ねぇ、スケジュール結構埋まってるみたいだけど、大丈夫?」

「何が?」

「無茶してない?ってこと。」

「…なんで。」


菓子パンをくわえた大将がぱちりと瞬きをする。まあ、俺も大将の予定の入れ具合には前々から物申してはいるんだが、出掛ける時に出掛ける予定を全部詰め込む方がラクなんだそうだ、大将は。


「だって、なんか政府の仕事があるからって一ヶ月近く仕事居なかったじゃない。」

「え?まあ…。」

「その間何してたかって聞いても覚えてないっていうし、戻ってきた当初はぼんやりしてたし、…なんか、髪も異常に伸びてたし。」

「人をお菊人形のように言うでない。」

「とにかく心配してるの。体本調子じゃないのに無茶とかしちゃ駄目だよ?」

「え、うーん。確かに、政府から呼び出されて帰ったすぐはぼんやりしてたけど…、でもまだ問題ありそうに見える?」

「……ううん、絶好調に見える。」

「うん。そうなの。私もびっくりするくらい調子がいい。」

「なんか肌ツヤもいいよね。」

「おまけに仕事も調子がいい。」

「まじか。それ何か憑いてるんじゃないの…。座敷童的な何か。」

「えっ。そういう感じなの…。」


座敷童、ではないが何か憑いてるのは、まぁ、憑いてるな。
でもどうしてだろう?と首を傾げる大将は、本丸で過ごした時の記憶が無い。多分、政府によって記憶になんらかの小細工をされている。
だから大将は『俺達と数年近く過ごしていた』時の記憶がない。あるのは、『政府に一ヶ月身柄を置いたけれど何をしていたか覚えていない』ということ。大将が俺の大将だったのは間違いない。声も仕草も表情も、最後に見た髪の長さもそのまんまだ。大将は髪には霊力が宿ると聞いてからずっと伸ばしてくれていた。今はもう、関係ないから綺麗に切られてゆるくパーマとやらもかかっている。肌ツヤがいいのは…多分、神気にあてられたからじゃないかと思ってる。


「マジで何してたの?裁判員制度みたいなもん?」

「んー。本当に何してたか記憶ないんだよね。気付いたら、『お疲れ様でしたー』って放りだされてたっていうか…。」

「なんか政府と名乗っておいてアヤシイとこだったんじゃない?大丈夫?臓器ある?」

「人間ドック行った。それは大丈夫。でもちゃんとその間のお給料とかもちゃんと振り込まれているんだよ。」


結構な額を。と続けようとした大将は口を慌てて口を閉じる。人には言えないわりと大きな額が一気に振り込まれていたらしい。まだ怖くて手をつけていないようだが。


「まー、無事だったからいいんだけど。あんまり無理しないようにね。」

「うん、ありがとう。」

「あ、そうだ、明日うちに異動者来るって。」

「へー。」


会話が新しい異動者とやらに変わって大将は楽しそうに笑っていた。正直、大将が俺達との記憶を失くしているのは寂しいと感じる。でもそれは大将のせいではないし、元々俺らだって大将の力を借りて存在していたようなものだから、役目が終わったら元ある形に戻るべきである。寂しいも何も、ここに居てはいけない俺がどうして大将に寂しいだなんて言える。
俺はもう大将に仕えなくてもいい。今俺がここにいるのは、全て俺一人の勝手だ。どうしてか、やはりあの人のお傍が離れがたい。だってそれに、どうせここを離れてしまっても俺には器が無い。だったらずっと大将のお傍についていてもいいではないか。なんて、屁理屈の我儘で一兄に怒られてしまうだろうか。


(大将が心配、なんだよなぁ…。)


放って置いても置かなくとも、何かと仕事を持ち帰ってきてはバリバリこなす姿は見ていて誇らしい気もするんだが、如何せん大将の体が心配で仕方がない。実体があれば仕事のフォローなりなんなりできるんだが、今の体じゃ精々見守る程度。それでも放って置くよりは気持ち的にだいぶマシだ。大将が審神者の時から思ってはいたが、少しは自分の体を大事にして欲しいってもんだ。

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