赤ずきんっぽいもの

むかしむかし、あるところにとても美しい青年がいました。
青年の名は髭切といい、森の奥深くで真面目な弟と二人で猟師をして暮らしていました。髭切は梔子色の目に、淡い象牙色の髪、滑らかな白い肌に白い衣装を纏った全身白い装いでしたが、猟に出かけるたび、その白い姿が獣の返り血で真っ赤に染まることから『赤ずきん』と呼ばれていました。


ある日、弟の膝丸が赤ずきんこと髭切にお使いを頼みました。
「兄者、森で採った木の実でジャムを作り過ぎてしまった。鶴丸のところに少し持って行ってはくれないか。きっと、この間獲ったイノシシの肉と合うはずだ」
「僕が?」
「ジャムソースで肉が食べたいと言って鶴丸を猟に誘ったのは兄者だろう。その猟で鶴丸の衣装を汚して渋い顔をされたと言っていたではないか。詫びもかねて行ってきたらどうだ」
「…………」
汚したと言っても少し返り血を飛ばしてしまっただけだ。だいたい猟に誘ったというのに、白い衣装で来る方が悪いと髭切は不満そうでしたが、その不満顔を予測していた膝丸が髭切にバスケットを渡します。
「猪肉のパニーニを作った。もちろん、ジャムソースを添えて、だ。道中の弁当に食べてくれ」
バスケットの中からは膝丸が作ったというイノシシの肉をパンに挟んで焼いたものとぶどう酒が入っていました。香ばしいパンの香りと一緒に甘酸っぱいソースの香りもして食欲を誘います。髭切はごくりと喉を鳴らし、膝丸からバスケットを受け取りました。今にも食べだしてしまいそうな髭切の表情に膝丸は苦笑し、家の外で見送ります。
「鶴丸の分も作ってあるからな。間違えて鶴丸の分も食べないよう、気を付けてくれ」
「うん、わかったよ」
バスケットを片手に出掛けた髭切の背中はご機嫌でした。鶴丸に詫びジャムを渡すより、道中の弁当が食べたいついでに行くようにも見えます。いえ、実際そうなのでしょう。


鶴丸の家は髭切と膝丸が暮らす家から少し離れたもう一つの山奥にありました。道中は獣道で、熊やイノシシが飛び出してくることがあり危険な道と言われていましたが、赤ずきんと呼ばれる髭切となると最早獣が避けます。髭切の気配を察して逃げるかひれ伏すかどちらかです。そんな道中で髭切は獣の鳴き声を聞きました。
「うん……?」
森の中、きゅんきゅんと鳴く声が聞こえます。一体何の声だろうと不思議に思った髭切は音を頼りに木々をかき分けたところ、くくり罠に引っ掛かった狼と出会いました。
「ありゃ、狼だ」
「……! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! すぐに居なくなるので、み、見逃してください……!」
狼は髭切を見るなりひどく怯え、逃げようとしましたが、足はくくり罠に取られてしまっています。何度か引き抜こうとしたのか、ほっそりとした白い足首は擦れており、赤い血が滲んでいました。おまけにいつ設置されたものなのか、罠の金具は錆びて欠けていました。そのせいもあって、狼の足はとても痛々しい状態でした。か細く、きゅんきゅんと鳴き続ける狼は若いメスで、涙を浮かべて髭切を見上げる姿はなんともそそり……いえ、可哀想に見えました。髭切は狼の元にしゃがみ込みました。
「主……じゃなかった、狼がこんなところで何をしているんだい?」
「罠に引っ掛かりまして……、あの、でも、すぐに居なくなるので……」
「思いっきり罠に引っかかっているのに?」
「も、もう少しで抜けそうなんです……!」
「ふぅん?」
狼はそろそろ抜け出せるんだと意気込んでいましたが、足はがっつり罠にかかっていました。どこを見て抜けそうだと口にしてるのかさっぱりだな、と思いつつ髭切は首を傾げました。
「ここ一体の敷地は僕達源氏が管理しているんだけど、狼は久しぶりに見たなぁ。どこから来たんだい? 仲間は?」
「仲間は……、いません……。私、群れを抜けてきたんです……」
「おや、どうして」
狼は群れを作って暮らすのが基本です。その狼が群れから外れるなど珍しいと髭切は思いましたが、しょんぼりと耳と尻尾を垂らしながら狼は言いました。
「わ、私、狩りが苦手で……それで、皆の役に立てなくて……、申し訳なくて抜けてきました……」
「へえ……」
「これまで森の木の実とかを食べて一匹で過ごしてたんですけど、ここ数日木の実が見当たらなくて……。どうやら人間がたくさん取っていってしまったようで、食べ物を探しにいつもと違う場所を歩いていたら罠に……」
「…………」
狼の言う、木の実が見当たらない話に髭切は心当たりがありすぎました。バスケットをちらりと見ては、その犯人僕だなぁの言葉を飲み込み、髭切は笑顔を浮かべました。
「お腹、すいてる? パニ……なんて言ったかな、サンドイッチみたいなものがあるよ。良かったら、食べるかい?」
「いいんですか……! 実はぺこぺこで……。あ、で、でも、綺麗に包まれてます……。どなたかと召し上がるんじゃないんですか?」
「ふふ、野生の獣なのに随分と遠慮深い子だねえ。大丈夫、全部僕のお弁当だから。よし、罠を外してあげよう」
話す限り、この狼はとても遠慮深い性格のようでした。狩りが上手にできない申し訳無さに、群れから出てきたような性格から危険は微塵も感じられません。むしろこの山の中で今までよく生きてこれたなと思うほどです。髭切は腰に佩いていた太刀を手に取り、狼の足から罠を外してやりました。罠の金具は錆びていたので、鞘を使えば難なく外れました。
「罠の金具で足を怪我をしているね。そうだ、ぶどう酒がある。それで洗い流そう」
そして、怪我をした狼の足をぶどう酒で綺麗に洗い流し、バスケットに被せていたハンカチで手当てをしてあげました。
「話の都合上でぶどう酒を使ったけど、ぶどう酒は消毒の代わりにならないからね。あとでちゃんと処置をしようね、主」
「……ひ、髭切、話の進行……あと、私は狼だよ……」
「ああ、そうだったね。えーと、弟がぶどう酒を一緒に詰めてくれて良かったよ。さあ、手当ては済んだからサンドイッチを食べよう。籠、持ってくれるかい」
「う、うん……。ひゃ……っ」
髭切はバスケットを持った審神者……ではなく、狼ごと抱き上げ、近くの切り株に座りました。狼は髭切の膝上に座らされ驚きましたが、髭切は機嫌良さそうに狼の腰を抱きしめます。
「さあ、お腹がすいただろう。好きなだけ食べていいよ」
「あ、あの、この体勢じゃなくても……」
「うん? 君は怪我をしているんだし、この体勢が一番安静だよ。さ、お話の進行を続けなくちゃ。ね、主」
「クッ……!」
にっこりと笑う髭切に狼は悔しそうにしました。ですが、膝上にちょこんと座らされ、キッと睨まれても髭切からすれば可愛いだけです。狼はむくれながらも、バスケットの中からパニーニを取り出し、小さな口で、はくりと噛み付きました。髭切の勝手さに眉を寄せていた狼でしたが、ジャムソースの猪肉パニーニを口にした途端、目をきらきらと輝かせました。
「……美味しい! 中に木の実のジャムが入ってます! 私、木の実が好きなんです!」
「うんうん。たくさんお食べ」
狼はよほどお腹をすかせていたのか、手に取ったパニーニをぱくぱくと食べていきます。髭切は美味しい美味しいと言ってパニーニを頬張る狼をにこにこと眺めていました。そしてパニーニをひとつ食べ終わると落ち着いたのか、狼は髭切がじっとこちらを見詰めていることに気付きました。目が合えば、髭切は微笑みながら首を傾げ、狼はなんだか擽ったい気持ちになりました。そして居た堪れなくなり、髭切にバスケットを差し出しました。
「あの、一緒に食べませんか……? 元々、あなたのですし、あ、ええっと、お名前……」
「うん? ああ、僕は髭切さ。よろしく頼むよ」
「ひ、髭切、そこは赤ずきんって名乗るとこだよ……っ」
「ありゃ、そうだっけ? まあ、細かいことはどうでもいいよ。大雑把に行こう。そんなことよりも、もっとお食べ。ああ、そう言えばジャムも持たされていたんだった。木の実のジャムだよ。これも食べるといい」
髭切はそう言って差し出されたバスケットの中からジャム瓶を取り出し、躊躇いなく開け、ジャムを指ですくって狼の口元へと持っていきました。
「えっ……、あ、ちょ……、スプーンか何かは……」
「ふふ、主は狼さんなのにお行儀がいいね。でも、ほら、お話を進行させないと」
「そんな流れは無……、ん、んぅ……っ」
「ふふ、零しているよ。拭ってあげよう」
「ちょ、こら、髭き……! ふ、ぅ……っ」
髭切は狼の口の中に指を入れ、ジャムを食べさせると称して口内を掻き回しました。突然髭切に指を入れられ驚いた狼ですが、口端から零れたジャムを優しく舐め取られたり、髭切の楽しげな吐息が頬に触れたりすると、お腹の奥がきゅうと切なくなるのを感じました。
「ジャム、美味しい?」
口の中から指を抜いた髭切が聞きました。散々口の中を掻き回された狼は潤んだ目で髭切を睨みましたが、それさえも嬉しそうにする髭切に言い返せなくなってしまいました。
「う……、……うん…………」
「そう。じゃあ、僕にも少しちょうだい」
髭切はとろけるような笑顔を狼に見せ、少しだけ不貞腐れるように尖った唇に吸い付きました。そうして髭切は、膝丸に言われた鶴丸国永へのお使いのことなどすっかり忘れ、狼が自分の膝上でくったりと身を預けるまで戯れを繰り返したのでした。


「――ということがあってね、可愛い狼にパンとジャムを全部与えてしまったんだ」
「……お前は何しに俺の家まで来たんだ……?」

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