星を啄む

机の隅には、小さな器が置いてあった。
小花と蔓草の絵が描かれた、手のひらにちんまりと収まる程度の丸くて白い器だ。
それは砂糖菓子を入れるための器で、名をボンボニエールという。
何度聞いてもたいそうな名だな、と思いつつ、膝丸はその器の蓋を指先でそっと持ち上げる。中には星を散りばめたような、色とりどりの金平糖が入っており、昨日入れた時よりも量が減っているのを確認してそっと微笑んだ。
(小鳥に餌を与えている気分だ)
懐から継ぎ足し用の金平糖を取り出し、それをボンボニエールの上に傾ける。すると、中でからからと星が音を奏でた。すぐにいっぱいになる小さな器に、一口にも満たない砂糖菓子を補充するのは膝丸の役目だ。食べ続けても無くならない器として、審神者が席を外している隙に毎日せっせと継ぎ足している。と言っても、膝丸が継ぎ足している事を審神者は知っているので、食べ続けても無くならない器というのはふたりの間で行われるごっこ遊びのようなものだ。ただ、その他愛ないやりとりさえ膝丸には愛しいひと時で、こうしてこまめに中を確認して、器と自分の心を満たしているのだが……。
「――……ん……?」
ボンボニエールの中を覗き込むと、色とりどりの金平糖に何やら偏りがあることに気付いた。中には、白、紅、水色と小さな星々が瞬いているのだが、手元の継ぎ足し用の袋と見比べると、どうやら一色だけ瞬きの少ない色があるようだ。
その色は……――
「…………」
一瞬考え過ぎかとも思ったが、そうだとしてもこれだけ色がある中で、その一色だけ見当たらないというのはいささか不自然だ。
……まさか、いや、しかし。軽い動揺さえ覚えた膝丸は、浮き立つような心をなんとか鎮めつつ、継ぎ足しの袋をしまい、ボンボニエールに蓋を被せる。かちん、と小さな音と共に緩みかける口元を封じると、その背後で小鳥が鳴いたような声を聞いた。
「膝丸?」
振り返れば、席を外していた審神者が戻ってきており、立ったままの膝丸に首を傾げていた。小首を傾げる姿がまさに小鳥のそれで、その小さく愛らしい嘴が星を啄んだのかと思うと封じたはずの口がまた緩みかける。
「どうしたの?」
「い、いいや。何も」
不思議そうにする審神者に机の前を譲り、膝丸は口を押さえたまま背中を向ける。その背中を訝しむ視線が追い掛けてきたが、だらしない顔は見せられないと固く背を向けていれば、ややあって審神者が机の前に腰を下ろした。肩越しに様子を窺えば、執務に戻ろうとする審神者が机の隅に置いてあるボンボニエールに目を留め、その蓋を持ち上げていた。開けた途端、審神者の表情が和らぎ、そのあどけない笑みに膝丸はふわふわと綿毛のように飛んで行く気持ちを味わった。そして、小さな指先が金平糖を一粒選んでは口に運んでいく姿を見れば、飛びかけた胸がぎゅっときつく締め付けられ唸ってしまう。
「……っ」
ひどく甘い気持ちに満たされた心は、最早審神者の口内で転がされているようだった。あの赤い舌の上に転がされていると思えば蕩けるような心地だが、本当に転がされているのが己じゃないことが悔やまれる。そんな膝丸の想いに気付かない審神者はこりこりと星を砕き、再びボンボニエールへと指先を向けていた。その指先がまたあの色に向けられている気がして、はっと息を飲んだ膝丸は思わずその手を横から奪った。
「……膝丸……?」
審神者が瞬きを繰り返す。膝丸の胸をこんなにも甘く締め付けるようなことをしておいてなお、きょとんとする顔が腹立たしいくらいに可愛い。許されるのなら星を摘まむ指先に自ら噛み付いてやりたい。そんな気持ちを抑え込み、白い指先を引き寄せて口付けた。唇を押し付けた指先は微かに甘い味がしたが、それが金平糖の甘さからではないことは膝丸がよく知っていた。そのまましゃぶり付きたい気持ちで見れば、審神者が驚きつつも頬を赤くしており、膝丸は目を細める。
「そんなに食べると無くなってしまう」
しかし、口にした言葉が食べ過ぎと指摘されたと思ったのか、審神者は赤くした頬をむっと膨らませた。
「無くならないもん。これは食べ続けても無くならない器だって……」
「違う。君が選ぶ色だ」
小さな唇をやや尖らせ、睨むような上目遣いをした審神者に噛み付くように返した。
色とりどりの金平糖がある中で、たった一色だけを選ぶ思わせぶりな行動に、愛おしさと同じ分だけ苛々とした気持ちが込み上げる。今すぐにでも掻き抱きたいとする悶々とした気持ちを堪えると、欲求不満から苛立ちが募るのだ。そのまま力の限り抱き締めてやりたいが、これを許せば所構わず飛びつく獣のようになってしまう。
気を抜くとすぐにでも襲いかかろうとする乱暴な気持ちをなんとか堪えれば、滲ませた苛立ちに気付いた指先がひくりと跳ねる。膝丸はその手をぎゅっと握り込んで、自らの頬に押し当てた。
「そんなに口寂しいのなら、金平糖ではなく俺を摘まめばいいものを」
「な、なに言って……、だいたい膝丸は金平糖じゃないでしょ……」
八つ当たりのような膝丸の心に、知らないふりをする審神者がもどかしい。ここまで言えば言葉の意味などわかっているだろうというのに、それでもとぼける姿が心底堪らない。膝丸は嘆息し、どうかな、と一言置いてから審神者の手を薄緑の髪に触れさせた。
「君が選ぶ色と、よく似ていると思うのだが」
髪に絡む細い指先が気持ちいい。撫でられているような心地にうっとりと目を閉じた。そして白い指に薄緑が絡むのを薄目で見れば、そのまま絡み付いて解けなくなればいいのに、などと考えてしまう。何故なら、この指先が好み、選ぶのはこの色。
「君は、俺と同じ色を好んで食べていると思ったのだが……」
これが欲しかったのだろう、と柔らかい手のひらに頬を押し付けると、審神者はぎくりと肩を強張らせては目を彷徨わせた。
「そっ、それは、その、あの……」
言い淀んだ審神者がそのまま濁そうとするのを膝丸が掴まえる。
「俺の勘違いか」
審神者の反応が違和感を確信に変え、膝丸は細い手首に、ちゅ、と唇を添えた。薄い皮膚にそっと吸い付けば、柔い肌には簡単に跡がつく。こんな華奢な腕一つに心が掻き乱されていると思うと、小癪な……とさえ感じるのに、それが心の底から欲しいのだから、この娘に向ける恋慕はどうかしている。
「……っ、あ、あれは、あの、えっと……」
言い当てられ戸惑う姿を見ていると、だんだんと加虐心が擽られる。膝丸は手袋の先を噛んでは外し、逃げる審神者の目に器から取り出した金平糖を映した。
「ほら、よく、みて」
膝丸の髪色と同じ色をした星を目の前に掲げれば、審神者は言葉を無くし、頷く代わりにますます顔を赤くさせた。
「俺を思い浮かべてくれたのだろう?」
緩む目尻をそのままに、何も言ってくれない審神者の柔い唇に金平糖を押し込む。奥で縮こまっている舌まで捩じ込むと、ゆっくりと金平糖が飲み込まれた。狭い口の中をころりころりと転がる星の音を聞くと、腹の奥からぞくぞくと何かが顔を出し、膝丸は堪らず新たな金平糖を手に取った。
「待っ……、ん、んぅ」
再度それを口の中に押し込み、指を突き入れる。強引に割ってくる指に舌は狼狽えていたが、金平糖を掻き回すようにして転がせば、膝丸の腕を掴みながらも審神者は舐めてくれた。
「ひっ、う……、んっ……」
小さな口で懸命に指をしゃぶる姿に興奮する。審神者を苦しめないよう浅い場所を擽っているが、このまま奥まで指を突き入れ、驚く姿も見てみたいとも思ってしまう。
この心は愛しさと同時に乱暴な気持ちが付き纏う。これは正常な心なのだろうかと日々自問するが、如何せん気が付けば審神者を追い求めてしまっている。
(いや、君が俺を喜ばせるから。君が俺をそうさせるのだ)
逃げ惑う舌を追い掛けることで気分を晴らし、膝丸は執拗に撫で回した口内から指をそっと引き抜いた。
「ん……、ふ、ぁ……」
名残惜しそうに銀の糸が伸びる。紡いだのは星ではない。審神者と己だ。柔い舌に包まれた指先を口に含めば、思わず溜息が零れてしまう甘さに感動した。
「……甘い」
吐き出した息と同時にそう口にすれば、顔を真っ赤にした審神者が目を見開き、膝丸の手を押さえた。
「な、舐めないの……!」
「何故」
「なっ、なんでも……!」
「なら、君が俺を舐めるか?」
「……っ!」
恥ずかしそうにする審神者を満足げに、たっぷりと眺め、膝丸は細腰を抱き寄せた。
まあるい目に薄緑を映し、金平糖を摘まんだ手を己の頬に、唇に触れさせる。
「君は好きだろう? この色が」
 指に髪を絡ませ言えば、怯んだ審神者が喉をこくりと鳴らした。
「どうぞ、気が済むまで」

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